2009年2月1日日曜日

映画『SHOAH ショアー』

ショア(SHOAH)は、1985年のフランス映画。クロード・ランズマン監督。上映時間は9時間30分。製作には1974年から11年の歳月を費やした。日本での公開は1995年、東京日仏学院で行われた。

ユダヤ人絶滅政策(ホロコースト)に関わった人々へのインタビュー集であるが、演出もところどころ行われており、全くのドキュメンタリーではない。

インタビューの対象は、被害者たるユダヤ人生還者、加害者たる元ナチス、傍観者たるポーランド人に大別することができる。

クロード・ランズマン監督はこれまでのホロコーストをテーマとした映画にきわめて批判的である。特に『シンドラーのリスト』に対しては、出来事を伝説化するものであるとして舌鋒鋭く批判している。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、「ショア (映画)」の項目。http://ja.wikipedia.org/wiki/ショア_(映画))
すごい映画です、これ。語られる内容は軽いものから重いものまで様々。確かに全9時間という長い映画ではありますが、あっという間に観てしまいました。

よく"Let the truth speak for itself" と言いますが、この映画は、ただの垂れ流しでは絶対にないでしょう。 細かいカットが挿入されていたり、カメラの距離や方角などの変化があり、明らかに「素材」ではないことは分かります。誰へのインタビューをどういう順番でいれるかということも、大きな要素になりそうですし。

そして、音・音楽は意外と大きな要素になっています。まず音楽ということであれば、歌声の美しさによって一命を取り留めたユダヤ人の話もありますし、チェコのユダヤ人がこれからガス室に入ろうとする前に《希望》というタイトルの国歌を歌ったという特務員の証言に、私は込み上げるものを感じてしまいました。水木しげるの『総員玉砕せよ! 』における《女郎の歌》の部分と重なってしまって…。

音まで含めて考えますと、語られる過去と映画を撮った時点の「現在」とは対位法的にならざるを得ないということもあって、いろんな対比を考えてしまいます。映画撮影時の虐殺現場の静けさと、そこで起こったことを語る証言の中の叫び、ユダヤ人を運ぶ汽車の走る音と田園風景の静けさ、自然界に住む鳥たちの声と社会の中で強制的に歌わされる人間の歌等々。ああ、ライヒの《ライヒ/ディファレント・トレインズ》の重みは、この映画を観ると分かるのかもしれません。 撮影された場所の音を聴くだけでも、逆説的な「リアルさ」が伝わってきます。こんなに静かで美しい場所で、どれだけの人が殺されていったのだろう、淡々と語られる証言から、体を震わされてしまいます。

『ショアー』には、作曲家が改めて作るスコアの入り込む余地はありません。もちろん扱われている題材もそうですけれど、ドキュメンタリーであるということも一つでしょうか。ふと日本の報道ドキュメンタリーのことが頭に浮かんだりもします。とはいえ、NHKにしても、民放にしても、ドキュメンタリーには、結構いろんな音楽が入ってたりするような気がします。特にナレーション部分にです。やはり、この映画ほど徹底したものではないでしょう。

しばしば比較対象になる『シンドラーのリスト』は、明らかに違うタイプのプロダクションでしょう。「表象」の問題は、以下のサイトでもちょっと触れられていますが、表象が「ある・ない」ではなく、その質とバランスの問題ということなんでしょうか。まあさらに突き詰めれば、「事実とは何か」という問いかけになり (ちょっと本多勝一入っちゃいますが、何を取捨選択するかという時点で、書き手/作り手の視点はどうしても入ります) 、最終的には個々人の受けとめ方まで行き着いてしまいそうです (テクスト/ディコンストラクション etc.) 。

・早尾貴紀「パレスチナからの手紙」 (「文化フォーラム」)
http://archivista.hp.infoseek.co.jp/bunzemi/hayao99.html

僕自身、『ショアー』と『シンドラー』と、どちらの映画が勝ったか負けたかなどということには興味がないのですが、ホロコーストについて僕が俄然興味を持つことになった映画は『ショアー』です。

それにしても、いかに「効率よく」ユダヤ人を虐殺するか、熱心に研究できてしまう精神状態とはどういうものなのでしょう (トラックの形状、列車ダイヤの考案 etc. ) 。ドイツ人というのが、ひどく勤勉であることを感じながら、その勤勉さを発揮する方向が、ここまで狂ってしまうというのは、恐ろしいことです。

日本の歴史認識は、ランズマンのような厳しい問いかけをする監督を生み出すことができるのでしょうか?

とにかく壮絶な映画でした。残酷な映像というのは一つもないんですけれど。

2009年1月27日火曜日

映画『フィールド・オブ・ドリームス』

偶然NHKのBS2で放送していた映画『フィールド・オブ・ドリームス』を、途中から眺めていたのですが、引き込まれてしまい、ついつい最後まで観てしまいました。絵に描いたようなアメリカン・ドリーム、なんて言ってしまうと、この映画が好きな人に怒られてしまいそうですが、野球も含めて、アメリカの白人たちが思い描いていたイノセント/ナイーブな「夢」って、きっとこういうものなのだろうなあ、と思いました。

ふと『淀川長治とおすぎの名作映画コレクション(講談社プラスアルファ文庫) を開きましたら、この映画を取り上げていたことを発見し、読んでみました。2人ともべた褒めでびっくり。そして、やっぱりこういう人たちの目の付けどころって、勉強になりますね。

まあただ、僕なんかは、現実のアメリカがささくれているから、こういう映画はアメリカ人にとっても新鮮に映る可能性があると思ったりもします。下手に現実を知らない方が、アメリカへの憧れを持てるのかもしれません。きっと僕もイノセントな世界へ戻るために、もう一度観るべき映画なのでしょう。いいじゃないですか、現実逃避したって。

音楽はジェームズ・ホーナー。名前が出てから、「ああ、言われてみればそんな作風だなあ」なんて思ってしまいました。

2009年1月25日日曜日

ジョージ・パール (1915–2009)

アメリカの作曲家、ジョージ・パールが亡くなったという情報です。ご冥福をお祈りいたします。

→"A Composer’s Composer" (Sequenza 21)

2009年1月20日火曜日

[補足情報] レコ芸で紹介したケージのCDについて

2009年2月号の『レコ芸』で紹介した、EMIのケージCD (290ページ)、紹介文にも書いた通り、《ローツァルト・ミックス》のトラックには別の作品 (の一部) が収録されているようです。私が聴いたLPでは、テープによるコラージュでしたし、「磁気テープによる88のループ」を使った作品であると James Pritchett の本にも説明されているので、CDに収録されているのが別の作品であることは確実でしょう。

ネットには、ケージの《コンサート》の一部ではないかとないかという情報もあります。さっそくチェックしてみたのですが、残念ながら、同じ音の部分はみつけられませんでした。"Music before Revolution" のオリジナルLPを持っていないので確認することはできないのですが、あえて推測すると、作風からいって、アール・ブラウンっぽいような気がします。いかがでしょうか?


2009年1月15日木曜日

聴いてますか? The MTT Files

The MTT Files (American Public Media & the San Francisco Symphony)
http://americanpublicmedia.publicradio.org/programs/mtt_files/

僕の友人が最近、アメリカの指揮者ティルソン=トーマス (MTT) がホストをつとめている『The MTT Files』という番組を、英語の勉強も兼ねて聴いているというので、さっそく、そのうちの一つのエピソードを聴いてみました。彼が面白いというThe Last Virtuoso (最後のヴィルトゥオーゾ) と題された第5回で、ヤッシャ・ハイフェッツを中心に、なぜ現在、彼のようなヴィルトゥオーゾは輩出しないのかを語っているそうです。

途中まで聴いてみたのですが、MTTが南カリフォルニア大学に入学したころにハイフェッツのマスタークラスがあって、レコードやロス・フィルで聴いた、この伝説のヴァイオリン奏者が、ぐんと身近な存在になったそうです。また、ハイフェッツがピアティゴルスキーらと指揮者なしのオーケストラ作るにあたって、リハ用の指揮者がいることになって、自宅を訪れるっていうエピソードがMTT自身の語りで紹介されていました。

それによると、ハイフェッツは2時5分という、わざと00分からずらした時間に来いと言い、ぴったりになると、家のフェンスが自動に開くようになっているそうなんです。これは早く到着してベルを鳴らしても無視されるし、遅れて行ったら門が30秒後に自動に閉じることになってて、二度とハイフェッツにお目にかかることはないということらしいのです。それくらいの「正確さ」を彼は要求してくるのだとか…。

また、ハイフェッツの家でプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番の第3楽章を合わせていたとき、ハイフェッツが「オーボエの3連符の箇所が気になる」と言い出したのですが、曲をしっかり勉強したMTTは「それ、オーボエじゃなくて、クラリネットですよね」返します。ハイフェッツは何度も「いや、オーボエだ」と迫るのですが、MTTは「楽譜の版があるいは違うのかもしれませんが、クラリネットじゃないでしょうか」と譲りません。

それで結局、ハイフェッツはMTTと一緒に楽譜を確かめることになります。そしてハイフェッツが「おやおや、確かにクラリネットだ。私のミスだ」と言うことになり、その場は解決したのでした。

あとで、その話をMTTがピアティゴルスキーにしたら、それはハイフェッツがわざと間違えて、MTTを試していたんだということらしいのです。MTTが曲をちゃんと知っていたのか、そして、ハイフェッツと向き合って、正直に意見を言えるかどうかということを。

いやあ、まさに伝説のような話です。

以前にもブログで書いたのですが、個人的に、ハイフェッツは、僕が幼稚園か小学校に入りたての頃、祖父が古道具屋で買ってきたSPレコードで聴いて以来だから、何となく馴染みがある演奏家なんです。その時に触れたメンデルスゾーンの協奏曲は、後にRCAにも録音 (MTT Filesでも流れてます) していますが、それにはないヴィルトゥオーゾが聴けます。ものすごい速度で演奏していますから (現在はEMIからCDになって出ています) 。

彼の録音では、大学学部時代に、無伴奏パルティータ&ソナタ (RCA) を、新潟は古町のツモリレコードで買ったことがあります。一緒に行った友達はシェリングを買ってて、当時は「冷たい演奏」と評したレコード雑誌の一言を見て後悔したものですが、今は時々聴いております。

ニューヨーク・フィル、ベトナムへ

平壌公演で注目を浴びたニューヨーク・フィルですが、次のシーズンのアジア・ツアーの一環として、ベトナムに行くそうです。以下、『ニューヨーク・タイムズ』から

・Wakin, Daniel J. "For the Philharmonic, Next Stop, Vietnam."  The New York Times 12 January 2008.
http://www.nytimes.com/2009/01/13/arts/music/13gilb.html?partner=permalink&exprod=permalink

2009年1月14日水曜日

映画 "Real Genius" (天才アカデミー)

書庫にあるビデオテープを整理していたら、この映画のビデオテープが出てきました。フロリダ州立大の学生寮に住んでいた時、学生が運営していたケーブルテレビ局で流されていたものを録画したのが、このテープ。画質がひどいのは、3倍モード録画であることに加えて、大学内のケーブルの接続の悪さもあるのでしょう。アメリカ人の大半って、画質にこだわらないんですよねえ。 国内盤DVDは出ていないようで、うーん残念。

観終わったあと、いろいろレビューを読んでみた感じだと、舞台はおそらく、西海岸の自由な気風の大学を設定しているようです。ある大学教授が、米軍に依頼されて (より正確には軍産複合体なんでしょう) 、パワフルなレーザー銃 (空の飛行機から発射され、一瞬にして人間が消えてしまう) の開発にあたるのですが、技術的な問題がどうしても解決できない。それで、全米から「天才」とされる、中学生くらいの子どもを自分の研究室にリクルートして、開発させる、というのがメインのテーマです。そして「天才」たちは、本当のことを知らされず、授業のプロジェクトとして取り組みます。

ただ、内容がカレッジ・コメディーですので、「武器開発」のシリアスな筋は通しながら、随所は笑いに富んだ内容です。まあ、反抗期の青少年向けとも言えますが、さりげなく反権力ともいえるのかも。 80年代の香りがしますが、いま観ても、充分面白いです。だいたい私が観たのも、90年代半ば以降だったはずだし。

それにしても、この映画のヴァル・キルマー、最高に面白い。その他の登場人物も、個性が強い。時よりセリフが早口ですが (^^;;

(2009.1.15.) 追記 YouTubeに映像の一部をみつけました。