最近見たもの・聴いたもの
音楽に関することを中心に、日々のできごと、思いついたことなどを、きままに書いていくブログです。別のブログやmixiに掲載していた記事を復活してここに掲載したものもあります。
2026年3月18日水曜日
フェリス緑園キャンパスが使われたCM(花王)
2026年3月17日火曜日
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 みなとみらいシリーズ、定期演奏会第412回 (感想メモ)
演目:ブラームス/交響曲第3番ヘ長調 Op. 90
ドビュッシー/管弦楽のための3つの交響的素描《海》
2026年3月7日土曜日
ピストン:交響曲第6番 (ミュンシュ/ボストン響、1960来日公演ライヴ)
ドビュッシー:交響詩《海》、ピストン:交響曲第6番、バーバー:《メディアの瞑想と復讐の踊り》他 ミュンシュ&ボストン交響楽団(1960年東京ステレオ・ライヴ)Altus ALT-100
ミュンシュによるピストンの第6交響曲 (ボストン交響楽団の創立75周年 [1955年] を記念して委嘱) の演奏には、RCA Victor (→アマゾン) への録音 (1956年3月12・14日) がありますが、こちらは1960年5月5日、日比谷公会堂の演奏です。ヒス・ノイズは確かにありますが、エネルギッシュな第3楽章は、断然このライヴがエキサイティングな演奏になっています。RCAの方は、ずっと慎重な感覚です。
さてピストンというと、アカデミズムの作曲家という感覚で見られますが、これは必ずしも肯定的な意味ではなく、むしろストラヴィンスキーが新古典主義が新基軸となり得たのとは対照的に、古めかしい形式に依存していることに、より重点を置かれた評価を与えようとするニュアンスが強いように見えてならなりません。「手堅い」というのか、あるいは職人系的な作曲家のか、そういう言い方も、裏を返せば、独創性の欠如のように捉えられてしまうように思えてしまいます。
ユニバーシティ・コンポーザーズ、ハーバード、あるいは東海岸か、ニューイングランド地域というコノテーションでしょうか…大西洋側、すなわちヨーロッパを向いている伝統主義的な立ち位置による創作態度を揶揄する言い方なのかもしれません。すなわち、「アカデミズム」という言葉で与えられるのは、すでに打ち立てられ、使い古された技法であり、新しい芸術的価値や美的感覚ではないと言う偏見なのかもしれません。「アカデミズム」を辞典で調べると「純粋で手がたいが、やや古くさい」という、ずばりそのままの定義も出てきました。ピストンって、そこまで古臭いかなあ、というのはあります。
2026年2月22日日曜日
ズデニェク・コシュラー/ロンドン響のチャイコフスキー:交響曲第4番
チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調作品36 (20:45/10:40 4:53 9:55)
Producer : E. Alan Silver
Rec. Engineer: Marc Aubort
Philips (日本フォノグラム) X-7633 (CS-2047)
日本語解説:志鳥栄八郎
フェリスの図書館の山手分室にある国内盤レコードにズデニェク・コシュラー (レコードの表記はズデニェック・コシュラー) 指揮ロンドン響のチャイ4があったので借りて聴いてみました。不思議な魅力に溢れる素晴らしい演奏です。
以下のブログを拝見し、このレコードの音源がCD化されていないことが分かりました。ブログ記事は書かれている内容も面白く、とても参考になりました。
「チャイコフスキー 交響曲第4番 ~40年ぶりに聴くズデニェク・コシュラーの名演~」ハルくんの音楽日記
第1楽章の演奏時間はレコード・ジャケットの表記だと20:45です。テンポが遅いというのは言われてみればそうかと思いつつ、間延びしているという感覚はなく、すっと、そして味わいながら聴きました。第2楽章も、最初はしっとりと聴かせているなあと思っていたら、盛り上がりでぐっと持っていかれます。第4楽章の方は、ゆっくりしていることがもっと自覚できましたが、丁寧な鳴らせ方で好感が持てます。そしてチャイコフスキーに「静謐」という言葉は似合わさなそうですが、そう思わせる箇所さえあります。緩急取り混ぜて、攻めるところは攻め、そうでない箇所は「引きの美学」といいますか。
録音ですが、上記ブログでは「恐らくアナログ音源のデジタル化の問題でなのでしょうが、音が薄く安っぽい」と書かれていました。レコードはそこまで薄い感じはしなかったです (もちろん聴くカートリッジにもよるとは思いますが)。全体的に自然体な音に聴こえますが、くぐもった感じはあるかもしれません。
2026年1月24日土曜日
CBSテレビ『The 60 Minutes』- ローリー・アンダーソン・インタビュー
2026年1月11日日曜日
ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン@ボストン・シンフォニー・ホール (1993) の思い出
富山の書庫にあった、ボストン時代のプログラムを取り出してみました。
ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは、ビクターのビデオ『世界民族音楽大系』で観て感動したんだと思います(学芸大の図書館にありました。でもOCORAのCDでも聴いたはず。NHK衛星放送でも彼のライブをやっていた記憶が…中村とうよう氏の司会の番組)。それで、生で聴けると分かってチケットを取りました。
演奏が始まる前にステージに登らないようにとアナウンスがあったり、警察官が(1人)舞台袖で待機していたりで、物々しい感じでした。実際聴衆の中に、ちょっとしたエクスタシーになって、舞台に上がる人が出てきたように記憶しております(2〜3人はいたような)。その度に警察官が対応していました。また、シンフォニー・ホールのバルコニー席が足踏みでズシズシ振動して「ホール、壊れないよね」と不安になるレベルでした。もちろん歌ってる内容は分からないのですが、こちらもノリノリで楽しみました。隣にいた女性から「歌詞が分かるの?」と聴かれましたが、「分かりません。ですが、感じるものがありました」と答えました。それに対する反応はなく、不審に思われたのか何なのか分からずじまいです(汗)。しかし、普段のクラシックのコンサートとは全く違う雰囲気で、面白かったです。
チケットの価格は$35, $27, $22でした。ケチケチせずに$35のを買えば良かったかなあ。
改めてプログラムを覗いてみたら、カッワーリの解説、ヌスラットのインタビュー、歌詞の英訳など、資料的価値はありそう(とてもコンサートの最中にプログラムの英訳を追う雰囲気ではありませんでしたが…)。全米カナダツアーの一環だったようですね。
その後、タラハシーでヌスラットをフィーチャーしたラジオ番組があって、ちょうどWorld Music Culturesという授業でカッワーリを題材にレポートを書いていた手前、再放送をお願いしたことがありました。どこかに録音が残っているはずです。
2026年1月10日土曜日
グローフェ:《グランド・キャニオン組曲》(コステラネッツ)
モノラル録音ということもあってか、CDとしては発売されていないアンドレ・コステラネッツ楽団の《グランドキャニオン組曲》の録音です。なぜか《ミシシッピー組曲》はバーンスタインの《グランドキャニオン…》とカップリングされてリリースされていたことはあります。
コステラネッツの演奏にはグローフェのオリジナルのオーケストレーションを尊重している箇所があります。例えば<山道を行く>の約2分40秒位のあたり、通常版ではホルンで演奏されるメインテーマが、ここではオリジナルの通りのミュートのトランペットで演奏されています。
効果音やジョニー・キャッシュのナレーション入の録音もありました。archive.orgには一応録音がアップロードされています。LPをそのままアップロードしたもので、音が濁っている箇所があるのが残念。針の掃除、したのでしょうか? あるいはレコードの溝自体が傷んでいるのかな?