2026年3月18日水曜日

フェリス緑園キャンパスが使われたCM(花王)


花王のCMにおいて、フェリス緑園キャンパスの図書館と教室が使われています。学内の人はどこか分かりそうですね。ちなみに登場人物は女子高生のようですが、撮影場所は大学のキャンパスです。
 

2026年3月17日火曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 みなとみらいシリーズ、定期演奏会第412回 (感想メモ)

2026年3月14日 [土] 開演14:00、会場13:15
横浜みなとみらいホール大ホール
指揮者:小泉和裕(特別客演指揮者)
演目:ブラームス/交響曲第3番ヘ長調 Op. 90
   ドビュッシー/管弦楽のための3つの交響的素描《海》
コンサートマスター:石田泰尚

ブラームスはさぞかし渋くてずっしりした演奏かと思っていたのですが、心躍る、鳴りっぷりの良い演奏で楽しめました。長調・短調を揺れ動くモチーフは、微妙にその構成音を変えつつ展開し、ブラームスの作曲の妙技を素直に味わえます。その怒涛の流れを「苦難の道」とするのではなく、気持ちよく前進エネルギーとして捉え、それがほとばしる音楽といえるでしょうか。第一楽章の展開部はもちろんドラマティックですが、それも含めて、大きな音の構築物として設計されていることを演奏から感じ取ることができました。第二楽章も、一見「牧歌的」にさらっと通されているようですが、そこに、ひたむきな陰影があります。ベートーヴェンの第6交響曲的な「牧歌」というよりは、例えば弦楽の高域の響きの美しさもあり、ブラームスならではの管弦楽法の開拓をも聞きとるべきなのだろうな、と思いました。

第3楽章は、ホルン独奏が美しく、また旋律に酔わせる感覚ではなく、あどけない純朴さなのでしょうか。第4楽章は、次々とやってくる短い楽想の整理がうまく、第一楽章の主題回帰まで、やはり全体を見通した小泉さんの力量を堪能いたしました。

ドビュッシーの《海》については、やはりオーケストレーションの冴えを生で聴けて良かったと思いました(個人的にはコントラバスの質感やサスペンデッド・シンバルの絡み方などが興味深かったです)。もちろん、指揮者によって楽器間のバランスというのは考えているとは思いますが、楽譜そのものが要求してくる音の繊細な混ざり具合というものが、やはりいくら精密なデジタル録音やステレオ装置であっても捉えることができない部分ではないかと思います。そして全体として安心してフランス物を聞ける喜びというのも、やはり小泉さんだからこそ、といえるでしょう。改めて、スコアを振り返ってみたくなりました(学部の教養でアナリーゼをやりました)。

演奏前のプレトークでは、副指揮者の小林雄太さんが3月で「ご卒業」であることが告げられました。お疲れ様です。お話で面白かったのがブラームスの4つの交響曲の調性が c-D-F-eであり、これは(長調・短調の別を考えなければ、ということだと思いますが)モーツァルトの《ジュピター》交響曲第4楽章のモティーフに繋がっていること、ブラームスの交響曲第3番が演奏される機会が少なく、挑戦的な曲であること、またブラームス自身がそれぞれの楽章で、自身の作曲の色々な側面を提示していることが興味深かったです。《海》に関していえば、楽譜の表紙が北斎であり、ジャポニスムと関連していること、ドビュッシーが「印象派」という呼称を嫌っていた一方で、「交響的素描」も含めて、曲名は自ら考えたものであったことなどでしょうか。

2026年3月7日土曜日

ピストン:交響曲第6番 (ミュンシュ/ボストン響、1960来日公演ライヴ)

ドビュッシー:交響詩《海》、ピストン:交響曲第6番、バーバー:《メディアの瞑想と復讐の踊り》他 ミュンシュ&ボストン交響楽団(1960年東京ステレオ・ライヴ)Altus ALT-100

ミュンシュによるピストンの第6交響曲 (ボストン交響楽団の創立75周年 [1955年] を記念して委嘱) の演奏には、RCA Victor (→アマゾン) への録音 (1956年3月12・14日) がありますが、こちらは1960年5月5日、日比谷公会堂の演奏です。ヒス・ノイズは確かにありますが、エネルギッシュな第3楽章は、断然このライヴがエキサイティングな演奏になっています。RCAの方は、ずっと慎重な感覚です。

さてピストンというと、アカデミズムの作曲家という感覚で見られますが、これは必ずしも肯定的な意味ではなく、むしろストラヴィンスキーが新古典主義が新基軸となり得たのとは対照的に、古めかしい形式に依存していることに、より重点を置かれた評価を与えようとするニュアンスが強いように見えてならなりません。「手堅い」というのか、あるいは職人系的な作曲家のか、そういう言い方も、裏を返せば、独創性の欠如のように捉えられてしまうように思えてしまいます。

ユニバーシティ・コンポーザーズ、ハーバード、あるいは東海岸か、ニューイングランド地域というコノテーションでしょうか…大西洋側、すなわちヨーロッパを向いている伝統主義的な立ち位置による創作態度を揶揄する言い方なのかもしれません。すなわち、「アカデミズム」という言葉で与えられるのは、すでに打ち立てられ、使い古された技法であり、新しい芸術的価値や美的感覚ではないと言う偏見なのかもしれません。「アカデミズム」を辞典で調べると「純粋で手がたいが、やや古くさい」という、ずばりそのままの定義も出てきました。ピストンって、そこまで古臭いかなあ、というのはあります。

2026年2月22日日曜日

ズデニェク・コシュラー/ロンドン響のチャイコフスキー:交響曲第4番

チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調作品36 (20:45/10:40 4:53 9:55) 

Connoisseur Society Recording
Producer : E. Alan Silver 
Rec. Engineer: Marc Aubort
Philips (日本フォノグラム) X-7633 (CS-2047)
日本語解説:志鳥栄八郎

フェリスの図書館の山手分室にある国内盤レコードにズデニェク・コシュラー (レコードの表記はズデニェック・コシュラー) 指揮ロンドン響のチャイ4があったので借りて聴いてみました。不思議な魅力に溢れる素晴らしい演奏です。

以下のブログを拝見し、このレコードの音源がCD化されていないことが分かりました。ブログ記事は書かれている内容も面白く、とても参考になりました。

「チャイコフスキー 交響曲第4番 ~40年ぶりに聴くズデニェク・コシュラーの名演~」ハルくんの音楽日記

第1楽章の演奏時間はレコード・ジャケットの表記だと20:45です。テンポが遅いというのは言われてみればそうかと思いつつ、間延びしているという感覚はなく、すっと、そして味わいながら聴きました。第2楽章も、最初はしっとりと聴かせているなあと思っていたら、盛り上がりでぐっと持っていかれます。第4楽章の方は、ゆっくりしていることがもっと自覚できましたが、丁寧な鳴らせ方で好感が持てます。そしてチャイコフスキーに「静謐」という言葉は似合わさなそうですが、そう思わせる箇所さえあります。緩急取り混ぜて、攻めるところは攻め、そうでない箇所は「引きの美学」といいますか。

録音ですが、上記ブログでは「恐らくアナログ音源のデジタル化の問題でなのでしょうが、音が薄く安っぽい」と書かれていました。レコードはそこまで薄い感じはしなかったです (もちろん聴くカートリッジにもよるとは思いますが)。全体的に自然体な音に聴こえますが、くぐもった感じはあるかもしれません。

2026年1月24日土曜日

CBSテレビ『The 60 Minutes』- ローリー・アンダーソン・インタビュー

Laurie Anderson: The 60 Minutes Interview


74歳のアンダーソンへのインタビュー。アートと音楽との自然なつながり、1966年に音楽と短編映画のキャリアのスタートしたこと、ヨーロッパにおける音楽活動、1975年にイタリアにおけるヴァイオリンとループの演奏をしたこと、《オー! スーパーマン》のヒットから「前衛」がMTVへ進出したこと、ルー・リードとの出会い、近年の創作活動など。

全盛期?の映像(日本でもレーザーディスクで発売されていたもの)と比較して彼女見ると、「年取ったなあ」というのが正直な感想ではありますが、以前旺盛な創作意欲はすごいですね。ファシズムの台頭に危惧を呈しつつ、「私は世界をより良い場所にするアーティストではありません。それは私の目標ではありません。ただ密かには、と思っています」というメッセージが印象に残りました。

2026年1月11日日曜日

ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン@ボストン・シンフォニー・ホール (1993) の思い出

 富山の書庫にあった、ボストン時代のプログラムを取り出してみました。

ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは、ビクターのビデオ『世界民族音楽大系』で観て感動したんだと思います(学芸大の図書館にありました。でもOCORAのCDでも聴いたはず。NHK衛星放送でも彼のライブをやっていた記憶が…中村とうよう氏の司会の番組)。それで、生で聴けると分かってチケットを取りました。

演奏が始まる前にステージに登らないようにとアナウンスがあったり、警察官が(1人)舞台袖で待機していたりで、物々しい感じでした。実際聴衆の中に、ちょっとしたエクスタシーになって、舞台に上がる人が出てきたように記憶しております(2〜3人はいたような)。その度に警察官が対応していました。

また、シンフォニー・ホールのバルコニー席が足踏みでズシズシ振動して「ホール、壊れないよね」と不安になるレベルでした。もちろん歌ってる内容は分からないのですが、こちらもノリノリで楽しみました。隣にいた女性から「歌詞が分かるの?」と聴かれましたが、「分かりません。ですが、感じるものがありました」と答えました。それに対する反応はなく、不審に思われたのか何なのか分からずじまいです(汗)。しかし、普段のクラシックのコンサートとは全く違う雰囲気で、面白かったです。

チケットの価格は$35, $27, $22でした。ケチケチせずに$35のを買えば良かったかなあ。

改めてプログラムを覗いてみたら、カッワーリの解説、ヌスラットのインタビュー、歌詞の英訳など、資料的価値はありそう(とてもコンサートの最中にプログラムの英訳を追う雰囲気ではありませんでしたが…)。全米カナダツアーの一環だったようですね。

その後、タラハシーでヌスラットをフィーチャーしたラジオ番組があって、ちょうどWorld Music Culturesという授業でカッワーリを題材にレポートを書いていた手前、再放送をお願いしたことがありました。どこかに録音が残っているはずです。

2026年1月10日土曜日

グローフェ:《グランド・キャニオン組曲》(コステラネッツ)

モノラル録音ということもあってか、CDとしては発売されていないアンドレ・コステラネッツ楽団の《グランドキャニオン組曲》の録音です。なぜか《ミシシッピー組曲》はバーンスタインの《グランドキャニオン…》とカップリングされてリリースされていたことはあります。

コステラネッツの演奏にはグローフェのオリジナルのオーケストレーションを尊重している箇所があります。例えば<山道を行く>の約2分40秒位のあたり、通常版ではホルンで演奏されるメインテーマが、ここではオリジナルの通りのミュートのトランペットで演奏されています。

効果音やジョニー・キャッシュのナレーション入の録音もありました。archive.orgには一応録音がアップロードされています。LPをそのままアップロードしたもので、音が濁っている箇所があるのが残念。針の掃除、したのでしょうか? あるいはレコードの溝自体が傷んでいるのかな?