Kuna, Milan. Dvořák's Slavic Spirit, and His Relation to Tchaikovsky and Russia. In David Beveridge ed., Rethinking Dvořák. Oxford: Clarendon, 1966, 143-153.
今年度のゼミ生が、チャイコフスキーのスラヴ性について卒論を考えていたのですが、その契機は《スラヴ行進曲》でした。ただ《スラヴ行進曲》に関する資料というのが意外と少ないのですね。それで、思いついたのがドヴォルザークの《スラヴ舞曲》でした。それで何か資料がないかなあと思っていて、ドヴォルザーク側の資料として探して見つかったのが、こちらの文章でした。
タイトルから察せられるかもしれませんが、主眼はドヴォルザークの「スラブ気質(スラブ精神?)」に関する論考が主で、チャイコフスキーとの関係は、最後の方にちょっと言及されている程度でした。
それでも、「汎スラヴ運動」など、そもそも基本的な知識が不足している当方にとって、歴史背景や、それに関連したドヴォルザークの創作など、いろいろ学べる内容はあったように思いました。スタロチェフ党(老チェコ党)とムラドチェヒ党(青年チェコ党)、それに対応するドヴォルザークとスメタナという対立的見方が正しいのかどうなのかという問題意識、ドヴォルザークのスラブ精神というのは実は政治的な意味ではなくむしろ彼が音楽的に「スラブの東」を発見したという意味だとか。これに関連してチャイコフスキーがドヴォルザークのオペラ《ディミトリイ》について、音楽的にロシアの情景を描写している部分において、用いられているのは主にロシア音楽の様式ではなく、むしろウクライナ音楽の様式であるということを言っていること等々。ただ私は文中に取り上げられている《ディミトリイ》をそもそも聴いたことがなかったりします。アルブレヒト指揮のCDがあるようなので、聴いてみようと思います。
チャイコフスキーとの関係でいえば、1888年、《ディミトリイ》初演の6年後に、ドヴォルザークはチャイコフスキーに出会い、短期間ではあったものの、とても良い関係であったということ、チャイコフスキーがプラハに到着する前には面識はなかったものの、プラハで演奏されていたチャイコフスキーの数少ない作品からチャイコフスキーに強い関心を持っていたこと、当時まで書かれていた交響曲をピアノを自ら弾いて作品にふれていたこと、意識的にスラヴ音楽をドヴォルザークが書いていたということもあって、チェコ以外のスラヴ諸国の文化、とりわけロシア音楽に職芸的な関心を注いていたこと、チャイコフスキー以外ではグリンカのオペラに親しみ、バラキレフにも出会っていたことなどが書かれているようです。