2026年5月13日水曜日

Essay|アダムズとアイヴズ (2026-05-21 東京都交響楽団、第1044回定期演奏会Bシリーズ)

東京都交響楽団 第1044回定期演奏会Bシリーズ  [2026年5月21日(木) 19:00開演(18:00開場)サントリーホール] に合わせて、チャールズ・アイヴズとジョン・アダムズについてのエッセイを書きました。どうぞよろしくお願いいたします。

「Essay|アダムズとアイヴズ」→こちらからお読みになれます。

以下、公演の内容です。

出演:
指揮/ジョン・アダムズ
合唱/新国立劇場合唱団*

曲目:
ジョン・アダムズ:ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック(1999) [日本初演]
アイヴズ:答えのない質問
ジョン・アダムズ:ハルモニウム(1980)*

2026年5月11日月曜日

米国内におけるロイ・ハリスの評価?

ロイ・ハリスという作曲家、私の黒歴史ともいえる東京学芸大学の修士論文のテーマでした。博士論文でもハリスは若干扱いましたが(ロサンゼルスで貴重な資料もいただいたり)、それ以来、あまりちゃんと文章を読んでいませんでした。去年あたりから、少しずついろんな論考を読んでいます。それで、なるほど生前あれほどマスコミで大きく取り扱われていたハリスですが、当初から彼の作曲技法については疑問の声が挙がっており、彼に多くの発言を与えたことが、かえって彼が世論を巧みに操作していたとみなされる状況になっているということのようです。ある専門家は、ハリスを非難する書き手には女性が多い(そのことについては「言いたくはないが」と言っていたように記憶しています)ということもあって、まだ知らない「闇」があるんだろうか? とも思ってしまうところです。

2026年5月10日日曜日

小林純一訳詞によるシューベルトの《魔王》

『日本の名歌 世界の名歌 シリーズ3:菩提樹』 原田茂生、芳野靖夫、鈴木寛一、田島好一、三上茂子、松本美和子、酒井美津子、大崎幸子、井崎洋子、高田作造、世良明芳 日本コロムビア GS-7127〜8 (2LPs)



日本語訳詞によるドイツとイタリアの歌曲を中心にまとめた2枚組LPレコードです。どうしてこれが欲しかったのかというと、小林純一の訳詞によるシューベルトの《魔王》が聴きたかったのです。「暗い森 走る馬」という出だし、私が中学校で聴いたのは、まさにこの訳詞のものでした。現在は「風の夜に馬を駆り」で始まる大木惇夫・伊藤武雄のものの方がポピュラーでしょうか。私も教材レコードは折りに触れていろいろ聴いていますが、圧倒的に大木・伊藤訳の録音が多い印象です。この訳でラジオ・ドラマ風に仕立てた音源というのもあって(確か日本コロムビア)、ちゃんとお父さん、子、魔王(エコーがかかっている)、ナレーション、効果音(馬が駆ける音、風の音など)も入ったもので、初めて聴いた時は爆笑してしまいましたが、何度も聴くとよくできているなあと思います。こういう教材レコードというのは、実は大人になって聴くと、レコード会社が、きちんとお金をかけて作っているんだなあと思います。むしろ大人になって聴いた方が勉強になるかもしれません。

訳詞についてですが、やはり一発で意味が分かるのは小林版で、大木・伊藤版は、おそらく格調が高い一方、分かりにくいというのも本音かな、とは思います。「綺麗なおべべがたんとある」「歌っておねんねもさしたげる」は、中学の頃は、正直、ちょっと恥ずかしかったです(この訳に愛着のある方、すいません!)。

さて私が中学生の時に聴いた小林版《魔王》の音源は、グラモフォン・エデュケーショナル・レーベルのセット物の1枚でした。おそらく『中学音楽』という教科書準拠かと思います。当時、音楽担当の舟竹先生からお借りしたのでした。先生からは《魔王》の他にもバッハ(なんとストコフスキーではなくてカイエ編曲版)の小フーガト短調(三石精一指揮読売日本交響楽団)、そしてポピュラー編曲版の同曲(クラスに爆笑を巻き起こした演歌風アレンジ!)など、なかなか面白い音源がありました。このポピュラー版も、もう一度聴いてみたいなあ。「夜の酒場…」的なイントロ…。

《魔王》の他の訳詞は文語調のものが圧倒的に多く、それはそういうものとして楽しく聴けています。また《楽に寄す》のようにオーケストラ伴奏の録音もあります。ピアノ伴奏による歌唱の録音は、ピアノ伴奏の音源についてはピアノが左寄り、歌い手はセンターよりやや右、という感じでしょうか。

なお、《魔王》の演奏は原田茂生(バリトン)、加納吾郎(ピアノ)です。

2026年5月5日火曜日

高橋アキ・プレイズ・フェルドマン@神奈川県立音楽堂 (感想メモ)

高橋アキ プレイズ フェルドマン
モートン・フェルドマン生誕100年を祝って
2026年5月2日、神奈川県立音楽堂 13:10開場、14:00開演
13:30 プレトーク 高橋アキ×柿沼敏江(音楽学)
 モートン・フェルドマン(1926-1987):
《ピアノ》
《トライアディック・メモリーズ》
《バニータ・マーカスのために》
《マリの宮殿》

とても有意義な4時間弱のコンサートでした。特に印象に残ったのは、《トライアディック・メモリーズ》(1981) です。最初に演奏された《ピアノ》(1977) よりも運動性があり、メリハリがあります。ピアニズムはもしかするとシューベルトに通じるところがあるのでしょうか。反復と楽想の切り替えの絶妙なバランス。丁寧で程よい加減。そして「最後はその音で終わってくれるといいんだが」という感じで終わってくれる、そんな完璧な作品と演奏でした。もちろん《ピアノ》の訥々とした流れにも魅了されてはおります。

正直なところ《バニータ・マーカスのために》(1955) に関していえば、僕と波長が合わないといいますか、きっと良い作品なのだと思いつつも、完全に没頭できないところがあります。狂気ともいえる反復(譜めくりの人も戸惑ってしまうような)が、逆に、おそらく凄みなどだろうけれど、もっと変化が早く訪れてくれることを期待しているのだろうと思ったりも。もちろん演奏に不満はないし、こういった作品がフェルドマン後期の醍醐味であると頭ではわかっていても、身体反応として受け付けないところがあったのも正直なところでした。ただそれも含めての貴重な体験だったことは間違いないです。しかし…例の弦楽四重奏曲第2番などは、修行のようなものに感じてしまうのでしょうか???

最後に演奏された1986年の《マリの宮殿》は、それに比較すると、自然にすっと入ってくる身近に感じられる作品。技巧的にも《バニータ・マーカス…》よりもやさしいということでですが、それでも大変なものだとは思います。

それにしてもフェルドマンと言うのは、先にも後にも彼に連なる存在がいない唯一の人であるということが改めて分かりました。高橋アキさんは、真剣にアンコールの作品を探していたそうだが見つからなかったとおっしゃってました。しかしほとんどの聴衆はこの4曲を聞いて十分に満足できたのではないでしょうか。歴史的コンサートになるという事前の触れ込みもありましたが、本当にその通りでした。同じ横浜市内でこういったコンサートが楽しめるのは、本当に嬉しいです。

会場には、現代音楽に強い親しみを持つ人が多かったのではないかと推測します。顔見知りの人も何人か見かけました。会場40分前くらいに音楽堂に到着しましたが、すでに列ができていました。

先に入った方は前の方から席を取られていたようでした。フェルドマン作品は弱音を多用するということで、一番前から座られていたのだとは思いますが、僕はもう少し後ろのほうに座りました。(確か10列目)。せっかく県立音楽堂なのですから、ホールの響きもともに味わいたいと思ったのでした。

終演18:00予定ということでしたが、10分ほど早く終わりました。




Pauline Oliveros Papers (ポーリン・オリヴェロス・アーカイヴ資料)

カリフォルニア大学サンディエゴ校にあるポーリン・オリヴェロス関係の資料、日本からアクセスして読めるものもありますね。

2026年5月4日月曜日

ヘレン・フォレスト+カーメン・ドラゴン楽団によるメドレー

archive.org をカーメン・ドラゴンで検索して出てきた音源ですが、ヘレン・フォレストの歌声がなかなか良いです。

HELEN FORREST WITH CARMEN DRAGON AND HIS ORCHESTRA (聴きやすい)

HELEN FORREST WITH CARMEN DRAGON AND HIS ORCHESTRA (雑音多し)
 

フォレストについては、以下に参考となる情報がありました。
歌と歌手にまつわる話 (229) ヘレン・フォレスト voice of the big bands

2026年5月3日日曜日

ソニー・ヴァレンティン (テノール)によるトスティ、ベッリーニ、スウェーデン歌曲集

Tosti, Bellini & Romances from Sweden. Sonny Wallentin, tenor; Rolf Lindblom, piano. Proprius PROP 9937 (LPレコード).

おそらく声楽を専攻していた大学学部時代、上京した際に購入した1枚ではないかと思います。石丸電気本店3階で購入かなと。トスティの歌曲目当てに買ったんじゃないかと思います。トスティといえば、カレーラスのCDもリリースされて買ったのですが、オーケストラ伴奏だったというのが(なぜか)残念だと思ってしまったりもします。

スウェーデンのテノール、ソニー・ワレンティンは、北欧音楽院に在学中の1981年5月、ストックホルムの郊外のウルリクスダル宮殿劇場コンフィデンセンにて、ベッリーニの《夢遊病の女》のエルヴィーノ役として鮮烈なデビューをしたようです。ライナーノーツによると「歓喜に沸く観客の拍手は止むことを知らず、批評家たちも同様に…称賛する筆を止めなかった」を留めなかったとのこと。音楽院を出てからは1983年、ストックホルムのフォーク・オペラでヴェルディの《エルナーニ》が上演された際、ワレンティンは主演として歌いました。再びライナーノーツから引用すると、夕刊紙『エクスプレッセン』のカミラ・ルンドベリは「イェムトランド出身のこの遅咲きのテノール歌手は、今やスカンディナヴィア随一の『イタリア系』テノールとして本格的に頭角を現している。その声は美しく豊かで流麗、何の制約も感じさせない…」と評価したそうです。

ただ、ワレンティン氏はいわゆる「遅咲き」の人で、エルナーニを歌った時はすでに34歳。声楽の道に専念したのは1979年になってからで、スウェーデン国鉄の機関車整備技術者としての職を休職した時だったといいます。

その後、1984年、ストックホルム歌劇場に新監督ラース・アフ・マルンボルグが就任した際、彼はワレンティンの名を知り、即座に彼を団員に迎え入れます。そしてシーズンの幕開けに、ソニーはケルビーニの《メデア》でジャゾン役を演じました。

この録音は、《エルナーニ》でメジャー・デビューを果たした直後の録音ということになりそうです。


2026年4月29日水曜日

小林正樹『日本の青春』(アマプラ)

アマゾン・プライム・ビデオ (有料)

武満徹が音楽を担当しているということもあって、小林正樹の『日本の青春』を一度観たいなあと思っていたら、なんとアマゾンのプライム・ビデオで観られるようになっていて驚きました。確かDVDにもなっていないのに…。

僕が観ようとした時点では★が1つというカスタマーレビュー(本文なし)があったのですが「それはないだろう」と思いました。結果、やっぱり観て良かったです。

タイトルの「青春」って、ああそっちにもかかっていたのか、というのが一つ、そして現在でも2つの青春が微妙に入り乱れるというか。映画評論なんかはできやしませんが、良い台本ですね(あ、まだそこでフラッシュバック使えるのね、的に)。そもそも「戦中派」がリアルな時代。狐狸庵先生の原作も読んでみなければ、と思いました。

2026年4月27日月曜日

新入生向けゼミの授業からのメモ

新入生向けのゼミの学生からのコメントで印象に残ったことのメモ。その1つは、自分には韓国の友達がいて、コミュニケーションのために、数学時間にディーリング(語学アプリ)を使って勉強しているという人がいることです。すごいなぁ。僕もそこまで勉強熱心じゃないかもしれないと思いました。それから「新しい世界に飛び込んでいきたい」と言う意気込みを書いた人もいました。拍手を送りたいです。

興味関心があることとして、動画やゲームを挙げている人がいました。もちろん「やるな」とは言いませんけれども、時間を決めてやったほうが安全かもしれないと、一応教育的なコメントを残しました。動画に関しては、私自身もきちんとコントロールできているかな自信がありません。最近はXなど、スライドさせると(あるいは放っておいても)次々とお勧め動画が見られると言う恐ろしいシステムになっていますね。こうなってくると、防御策として、最近はパソコンなしでできる作業を意識的に行おうとしていいます。といっても単純で、大学ノートにやることをメモしていたりするということです。手で書くというだけで、いろんなアイディアが思い浮かぶという副産物もありました。

マイケル・ティルソン・トーマス 逝く (レコード芸術ONLINE)

谷口が書いた記事へのリンクもございます。→ 「マイケル・ティルソン・トーマス 逝く」『レコード芸術ONLINE』

2026年4月16日木曜日

ミシガン大学シンフォニー・バンドによるフサの《この地球を神と崇める》(作曲者指揮)

ウィリアム・レヴェリ指揮作曲者カレル・フサ指揮ミシガン大学シンフォニー・バンドによるカレル・フサの《この地球を神と崇める》です。あとで聴こう。(2026-05-04指揮者名訂正)

2026年4月8日水曜日

デイヴィッド・グレイルザンマー氏 ピアノ公開レッスン& 2026年4月13日(月) 17:30開場/18:00開演 ミニリサイタル

フェリス女学院緑園キャンパスで魅力的なイヴェントがあります。気鋭のピアニストグレイルザンマー氏による公開レッスン&ミニリサイタルです。お申込みはこちらから。

リサイタルの曲目もモーツァルトとフィリップ・グラスという組み合わせ。
この機会に、ぜひお越しください。

W.A. モーツァルト:幻想曲ハ短調 KV 475/P. グラス:メタモルフォーシスI
W.A. モーツァルト:ロンドイ短調 KV 511/P.グラス:メタモルフォーシスII
W.A.モーツァルト:幻想曲 二短調 KV 397/P.グラス:メタモルフォーシスIII
W.A. モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 KV 331<トルコ行進曲付き>

David Greilsammer氏 ピアノ公開レッスン& 2026年4月13日(月) 17:30開場/18:00開演 ミニリサイタル

 

2026年4月4日土曜日

フライングハイ(字幕版)をCM入りながら無料で

 


YouTubeって、CMは時々入りつつも無料で映画を見られるっていう仕組みを作ったのですね。これは知らなかった。『フライングハイ (Airplane!)って大好きな映画なのですが、コメントを見ると日本語吹き替え版の方が面白いらしい。まあ、字幕だともともとのパンチラインをそのまま訳せないというのはあるのでしょう。Don’t call me Shirley...とか。それと、I just want to tell you good luck. We're all counting on youの3回目はメッセージが全く違うものに訳されていたのは面白く、勉強になりました。

この作品、なんと音楽は『荒野の七人』を担当したエルマー・バーンスタイン (バーンステイン) だったり。『ゴーストバスターズ』もうそうですけど、彼って一時期はコメディ映画にたくさん音楽をやっていたみたいですね。


2026年4月1日水曜日

東北学院大学とフェリス女学院大学 国内留学で協定 (khb東日本放送)


4か月前のニュース映像ですが、いまさらみつけたのでシェアします。国内留学、よさげですね。仙台は受験イベントで訪れたことがありますが、素敵な街が強く印象に残っています。音楽関係だと、中古レコード店を訪れるのも楽しかった記憶があります。

2026年3月18日水曜日

フェリス緑園キャンパスが使われたCM(花王)


花王のCMにおいて、フェリス緑園キャンパスの図書館と教室が使われています。学内の人はどこか分かりそうですね。ちなみに登場人物は女子高生のようですが、撮影場所は大学のキャンパスです。
 

2026年3月17日火曜日

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 みなとみらいシリーズ、定期演奏会第412回 (感想メモ)

2026年3月14日 [土] 開演14:00、会場13:15
横浜みなとみらいホール大ホール
指揮者:小泉和裕(特別客演指揮者)
演目:ブラームス/交響曲第3番ヘ長調 Op. 90
   ドビュッシー/管弦楽のための3つの交響的素描《海》
コンサートマスター:石田泰尚

ブラームスはさぞかし渋くてずっしりした演奏かと思っていたのですが、心躍る、鳴りっぷりの良い演奏で楽しめました。長調・短調を揺れ動くモチーフは、微妙にその構成音を変えつつ展開し、ブラームスの作曲の妙技を素直に味わえます。その怒涛の流れを「苦難の道」とするのではなく、気持ちよく前進エネルギーとして捉え、それがほとばしる音楽といえるでしょうか。第一楽章の展開部はもちろんドラマティックですが、それも含めて、大きな音の構築物として設計されていることを演奏から感じ取ることができました。第二楽章も、一見「牧歌的」にさらっと通されているようですが、そこに、ひたむきな陰影があります。ベートーヴェンの第6交響曲的な「牧歌」というよりは、例えば弦楽の高域の響きの美しさもあり、ブラームスならではの管弦楽法の開拓をも聞きとるべきなのだろうな、と思いました。

第3楽章は、ホルン独奏が美しく、また旋律に酔わせる感覚ではなく、あどけない純朴さなのでしょうか。第4楽章は、次々とやってくる短い楽想の整理がうまく、第一楽章の主題回帰まで、やはり全体を見通した小泉さんの力量を堪能いたしました。

ドビュッシーの《海》については、やはりオーケストレーションの冴えを生で聴けて良かったと思いました(個人的にはコントラバスの質感やサスペンデッド・シンバルの絡み方などが興味深かったです)。もちろん、指揮者によって楽器間のバランスというのは考えているとは思いますが、楽譜そのものが要求してくる音の繊細な混ざり具合というものが、やはりいくら精密なデジタル録音やステレオ装置であっても捉えることができない部分ではないかと思います。そして全体として安心してフランス物を聞ける喜びというのも、やはり小泉さんだからこそ、といえるでしょう。改めて、スコアを振り返ってみたくなりました(学部の教養でアナリーゼをやりました)。

演奏前のプレトークでは、副指揮者の小林雄太さんが3月で「ご卒業」であることが告げられました。お疲れ様です。お話で面白かったのがブラームスの4つの交響曲の調性が c-D-F-eであり、これは(長調・短調の別を考えなければ、ということだと思いますが)モーツァルトの《ジュピター》交響曲第4楽章のモティーフに繋がっていること、ブラームスの交響曲第3番が演奏される機会が少なく、挑戦的な曲であること、またブラームス自身がそれぞれの楽章で、自身の作曲の色々な側面を提示していることが興味深かったです。《海》に関していえば、楽譜の表紙が北斎であり、ジャポニスムと関連していること、ドビュッシーが「印象派」という呼称を嫌っていた一方で、「交響的素描」も含めて、曲名は自ら考えたものであったことなどでしょうか。

2026年3月7日土曜日

ピストン:交響曲第6番 (ミュンシュ/ボストン響、1960来日公演ライヴ)

ドビュッシー:交響詩《海》、ピストン:交響曲第6番、バーバー:《メディアの瞑想と復讐の踊り》他 ミュンシュ&ボストン交響楽団(1960年東京ステレオ・ライヴ)Altus ALT-100

ミュンシュによるピストンの第6交響曲 (ボストン交響楽団の創立75周年 [1955年] を記念して委嘱) の演奏には、RCA Victor (→アマゾン) への録音 (1956年3月12・14日) がありますが、こちらは1960年5月5日、日比谷公会堂の演奏です。ヒス・ノイズは確かにありますが、エネルギッシュな第3楽章は、断然このライヴがエキサイティングな演奏になっています。RCAの方は、ずっと慎重な感覚です。

さてピストンというと、アカデミズムの作曲家という感覚で見られますが、これは必ずしも肯定的な意味ではなく、むしろストラヴィンスキーが新古典主義が新基軸となり得たのとは対照的に、古めかしい形式に依存していることに、より重点を置かれた評価を与えようとするニュアンスが強いように見えてならなりません。「手堅い」というのか、あるいは職人系的な作曲家のか、そういう言い方も、裏を返せば、独創性の欠如のように捉えられてしまうように思えてしまいます。

ユニバーシティ・コンポーザーズ、ハーバード、あるいは東海岸か、ニューイングランド地域というコノテーションでしょうか…大西洋側、すなわちヨーロッパを向いている伝統主義的な立ち位置による創作態度を揶揄する言い方なのかもしれません。すなわち、「アカデミズム」という言葉で与えられるのは、すでに打ち立てられ、使い古された技法であり、新しい芸術的価値や美的感覚ではないと言う偏見なのかもしれません。「アカデミズム」を辞典で調べると「純粋で手がたいが、やや古くさい」という、ずばりそのままの定義も出てきました。ピストンって、そこまで古臭いかなあ、というのはあります。(2026.03.07)

2026年2月22日日曜日

ズデニェク・コシュラー/ロンドン響のチャイコフスキー:交響曲第4番

チャイコフスキー:交響曲第4番へ短調作品36 (20:45/10:40 4:53 9:55) 

Connoisseur Society Recording
Producer : E. Alan Silver 
Rec. Engineer: Marc Aubort
Philips (日本フォノグラム) X-7633 (CS-2047)
日本語解説:志鳥栄八郎

フェリスの図書館の山手分室にある国内盤レコードにズデニェク・コシュラー (レコードの表記はズデニェック・コシュラー) 指揮ロンドン響のチャイ4があったので借りて聴いてみました。不思議な魅力に溢れる素晴らしい演奏です。

以下のブログを拝見し、このレコードの音源がCD化されていないことが分かりました。ブログ記事は書かれている内容も面白く、とても参考になりました。

「チャイコフスキー 交響曲第4番 ~40年ぶりに聴くズデニェク・コシュラーの名演~」ハルくんの音楽日記

第1楽章の演奏時間はレコード・ジャケットの表記だと20:45です。テンポが遅いというのは言われてみればそうかと思いつつ、間延びしているという感覚はなく、すっと、そして味わいながら聴きました。第2楽章も、最初はしっとりと聴かせているなあと思っていたら、盛り上がりでぐっと持っていかれます。第4楽章の方は、ゆっくりしていることがもっと自覚できましたが、丁寧な鳴らせ方で好感が持てます。そしてチャイコフスキーに「静謐」という言葉は似合わさなそうですが、そう思わせる箇所さえあります。緩急取り混ぜて、攻めるところは攻め、そうでない箇所は「引きの美学」といいますか。

録音ですが、上記ブログでは「恐らくアナログ音源のデジタル化の問題でなのでしょうが、音が薄く安っぽい」と書かれていました。レコードはそこまで薄い感じはしなかったです (もちろん聴くカートリッジにもよるとは思いますが)。全体的に自然体な音に聴こえますが、くぐもった感じはあるかもしれません。

2026年1月24日土曜日

CBSテレビ『The 60 Minutes』- ローリー・アンダーソン・インタビュー

Laurie Anderson: The 60 Minutes Interview


74歳のアンダーソンへのインタビュー。アートと音楽との自然なつながり、1966年に音楽と短編映画のキャリアのスタートしたこと、ヨーロッパにおける音楽活動、1975年にイタリアにおけるヴァイオリンとループの演奏をしたこと、《オー! スーパーマン》のヒットから「前衛」がMTVへ進出したこと、ルー・リードとの出会い、近年の創作活動など。

全盛期?の映像(日本でもレーザーディスクで発売されていたもの)と比較して彼女見ると、「年取ったなあ」というのが正直な感想ではありますが、以前旺盛な創作意欲はすごいですね。ファシズムの台頭に危惧を呈しつつ、「私は世界をより良い場所にするアーティストではありません。それは私の目標ではありません。ただ密かには、と思っています」というメッセージが印象に残りました。

2026年1月11日日曜日

ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン@ボストン・シンフォニー・ホール (1993) の思い出

 富山の書庫にあった、ボストン時代のプログラムを取り出してみました。

ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは、ビクターのビデオ『世界民族音楽大系』で観て感動したんだと思います(学芸大の図書館にありました。でもOCORAのCDでも聴いたはず。NHK衛星放送でも彼のライブをやっていた記憶が…中村とうよう氏の司会の番組)。それで、生で聴けると分かってチケットを取りました。

演奏が始まる前にステージに登らないようにとアナウンスがあったり、警察官が(1人)舞台袖で待機していたりで、物々しい感じでした。実際聴衆の中に、ちょっとしたエクスタシーになって、舞台に上がる人が出てきたように記憶しております(2〜3人はいたような)。その度に警察官が対応していました。

また、シンフォニー・ホールのバルコニー席が足踏みでズシズシ振動して「ホール、壊れないよね」と不安になるレベルでした。もちろん歌ってる内容は分からないのですが、こちらもノリノリで楽しみました。隣にいた女性から「歌詞が分かるの?」と聴かれましたが、「分かりません。ですが、感じるものがありました」と答えました。それに対する反応はなく、不審に思われたのか何なのか分からずじまいです(汗)。しかし、普段のクラシックのコンサートとは全く違う雰囲気で、面白かったです。

チケットの価格は$35, $27, $22でした。ケチケチせずに$35のを買えば良かったかなあ。

改めてプログラムを覗いてみたら、カッワーリの解説、ヌスラットのインタビュー、歌詞の英訳など、資料的価値はありそう(とてもコンサートの最中にプログラムの英訳を追う雰囲気ではありませんでしたが…)。全米カナダツアーの一環だったようですね。

その後、タラハシーでヌスラットをフィーチャーしたラジオ番組があって、ちょうどWorld Music Culturesという授業でカッワーリを題材にレポートを書いていた手前、再放送をお願いしたことがありました。どこかに録音が残っているはずです。

2026年1月10日土曜日

グローフェ:《グランド・キャニオン組曲》(コステラネッツ)

モノラル録音ということもあってか、CDとしては発売されていないアンドレ・コステラネッツ楽団の《グランドキャニオン組曲》の録音です。なぜか《ミシシッピー組曲》はバーンスタインの《グランドキャニオン…》とカップリングされてリリースされていたことはあります。

コステラネッツの演奏にはグローフェのオリジナルのオーケストレーションを尊重している箇所があります。例えば<山道を行く>の約2分40秒位のあたり、通常版ではホルンで演奏されるメインテーマが、ここではオリジナルの通りのミュートのトランペットで演奏されています。

効果音やジョニー・キャッシュのナレーション入の録音もありました。archive.orgには一応録音がアップロードされています。LPをそのままアップロードしたもので、音が濁っている箇所があるのが残念。針の掃除、したのでしょうか? あるいはレコードの溝自体が傷んでいるのかな?