2010年4月18日日曜日

京都旅行中のメモ

今日は,地元の合唱団が京都の合唱団の演奏会に友情出演するとかで、20人ばかりが特急電車で京都まで出かけている。仏教系の合唱団で、「演奏旅行」には補助もでるという。うーん、恵まれてますねえ、浄土真宗は。

朝7時24分は、それにしても早い。でも京都・大阪に到着するのが10時台なので、重宝しているのか、富山から乗る人も結構多いようだ。

僕は今回初めてネットで切符を予約するというのを試みた。通常窓口で買うより、若干安いみたいだし、自動販売機でカードを挿入し予約番号を打ち込むだけで買えるので、なにげに便利かも。

僕が参加している合唱団よりも、相手方の合唱団の方が数段上手なのだろうなということは、ちょっと聴いただけでもわかる。それと同時に、仏教系の合唱団というのは、僕はそれほど知らないのだけれど、意外に全国的に存在し、かつ、その合唱団のために作曲された曲が結構あるということである。また、今回の演奏会では、大中恩の《涅槃》という曲が披露され、オラトリオに影響されているなあと思いながら聴いたのであるが、この作曲家はクリスチャンであるということ。それでも、仏教系合唱団に西洋音楽風のレパートリーの必要性を感じて、この《涅槃》というのを書いたのだという事実に、とても興味を持った。

2010年3月16日火曜日

現状打破を考えたい、今の私

久しぶりにNPRのPerformance Todayを聴いている。タラハシーにいた時は、この番組がライブ音源を流してくれる、貴重で数少ない機会だった。そんなことを考えると、日本は、こんな地方でもNHKのおかげで、毎日どこかの演奏会の収録を放送していることに感想せざるを得ない。と同時に、アメリカの地方の、クラシック音楽受容の貧しさに、改めて驚嘆するばかりだ。

一方で、現在いる場所の方が、いまいったように、とても恵まれているはずなのに、クラシックに没頭しにくいのはなぜだろう。もちろん自分がアカデミアにいないことや、母国語だけの世界で安住して緊張感がないこともあるのだろう。でも、それだけではなく、集中しにくい何かがあるような気がしてならない。あるいは恵まれていて、いろんなものがあふれているため、何か一つのことに集中できないということなのかもしれない。

よくよく考えて、現状を改善したいものだ。

2010年3月12日金曜日

アナログを語る会2010年3月

今日は南砺市にて、アナログを語る会に出席している。場所はフランス料理店、ラモヴェールの別館。中山会長が持ち込んだ真空管アンプと、部屋に備えられたタンノイのスピーカーで、レコード鑑賞を楽しんでいる。

アナログを語る会は、音楽愛好家の自由の集まりだ。会員各自が持つLPレコードを、ジャンルを問わず聴くものである。今月でアナログを語る会は109回目。もう10年になろうとしている。参加者は南砺市福光を中心に、私を含め、富山市からも参加している。

持ち込まれるレコードのジャンルに規制はない。ただ1、2年前からはテーマを毎回設定するようにしており、今回は「春の花」。1時間ほどはテーマにもとづいたレコードを聴き、その他の時間では、聴きたいもの・聴いてもらいたいものをプレーヤーに乗せる。

参加する人は、30代から70代まで、職業も様々。リアルタイムにアナログ・レコードを体験した人もいれば、CD世代の人もいる。蓄音機を家に何台も集める人がいれば、オーディオ・マニアもいる。

聴き方も自由。かしこまったところはなく、静かに聴けと強要する人もおらず、時にはにぎやかに雑談に花を咲かすこともある。

会場にあったレコードをかいつまんでみると、以下の通り。

・Lars Gullin Quartet VLS-1604-E (Metronome Redords [テイチク])
・スーパー・ギター・トリオ・ライブ アル・ディ・メオラ、パコ・ルシア、ジョン・マクラフリン CBSソニー  25AP2035
・ブラジル音楽の故郷〜北東部とバイーアの音楽 フィリップス FD-7134〜36 から
・カール・ミュンヒンガー 《四季》より<春>、カール・ミュンヒンガー ショトゥットガルト室内管弦楽団
・Dave Brubeck in Berlin CBS Sony SOPM 182
・ブレイズン・ブラス ハリウッドへ行く ヘンリー・ジェローム楽団 編曲 ディック・ジェイカブス  DeccaJDL-5051 Brazen Brass Goes Hollywood Henry Jerome and his orchestra
・Robert Stolz Meinen Freunden zur Erinnerung.  RCA VL 30377
・オリジナル盤による川田正子・孝子 不滅の童謡アルバム コロムビア EDM25~26
・カーメン・キャバレロ 日本の詩情 スーパー・デラックス ビクター音楽産業 MCA-10004
・ホリデイ・イン・ジャパン リカルド・サントスとミリオン・ストリングス 日本グラモフォン LPPM-3
・君は薔薇より美しい 布施明 キング GR-280
・ワシントン広場の夜は更けて ロイヤル・ポップス・オーケストラ 東芝 TP 7100 2曲目 私のベイビー 多くの人が思い出していた。公民館で歌を楽しんでいた時代とも。
・日本の郷愁 シー・バレンツ・オーケストラ キャニオン C20R0045 Sea Barents Orchestra

そのほかステレオ・デモンストレーション・レコードの話もあった。 

2010年3月5日金曜日

クセナキスから、開かれた耳へ?

 今では数多くのディスクで親しめるクセナキス作品ではあるが、おそらくCD2枚組に収められた音源がLPで発売されたときは、現代音楽界に大きな影響を与えたのではないだろうか。
 クセナキス作品を聴く上で、いわゆる「クラシック」の音感覚が邪魔になることは間違いないのではないか。音群を語っているということ自体、一定時間に空間に放たれる音高と、複数であればそれらの組み合わせの「美しさ」に感覚をとぎすます
 コントロールの行き届いた《アトレ》グリッサンドや、突然のクラリネットのロングトーンが、一つの境目となり、次のセクションに入ったような気になる。
 シモノヴィッチは初演者。トランペットやトロンボーンのぶりっとした鳴り方、弦楽器のトレモロ、音色によって、かなり性格が変わるし、楽器のアタックというのも交錯している。
 クラリネットのロングトーンが一つの節目になっているのは確か。ロングトーンがこれ以降増えている。打楽器が入ってこない。性的な展開、音色がものをいうように。トロンボーンのフラッターが印象的。それで沈黙。
 音を重ねるようになってくる? グラデーション的な変化。少しずつエネルギーを増し、グリッサンドも戻ってくる。がっちりとした音の構築を感じさせる作品であり、アーティキュレーションも、発音も明瞭だ。

2曲目は1曲目とちがって、静寂やなめらかさが際だっている。このなめらかさに、聴きいってしまうところがある。

《ヘルマ》…高橋悠治の噛みつき襲いかかる感覚にどうしてもぐいと引かれてしまう。

《ポラ・ティ》…は他の作品に比べ、ドラマ的要素に富んでいる。打楽器の打ち込むようなリズムと、淡々と同音で歌う少年合唱が、突き放したような、それだからこそ持つ、冷めたような、それでいて力強い訴えを持っている。

クセナキスによって開発された統計学的なプログラムをつかって作られたIBM7090による計算を、ここで録音しているシモノヴィチによって1962年に行われたパリ・IBMインスタレーションでリアライズされた。

統計学・数学は、もちろんクセナキスの作品理解の一助になるのだろうけれど、とりあえず虚心に耳を傾けて、音の蠢きを体感せねば、それらも無意味であろう。彼がギリシャで過ごした経験が、少なからずとも自叙伝として彼の音響に反映していることは、おそらく間違いないのだから。

 クセナキスの評価は、おそらくこのCDに収録された音源がLPレコードで発売されたころとは、また違っているのかもしれない。
 クセナキス作品を聴く上で、いわゆる「クラシック」の音感覚が邪魔になることは間違いないのではないか。音群を語っているということ自体、一定時間に空間に放たれる音高と、複数であればそれらの組み合わせの「美しさ」に感覚をとぎすます行為は、与えられた美意識に身を預けてしまうことにもなりかねず、作品をもって新しい美意識を覚醒しうる可能性を、自ら閉じてしまうことになりはしないだろうか。
 もちろん僕自身の中に、19世紀までに培われた音の「美しさ」なるものを肯定する気持ちはあるが、それはそのまま、新しい聴き方・新しい表現を否定することにもなるまい。いずれにせよ、耳を開くことは、「映画音楽のような」と揶揄される、クラシック愛好家に受ける作品に対しても行われるべきではないかという主張も、これまた当てはまる。
 となると、ジョン・ケージが嫌いなベートーヴェンやミューザックも、好き嫌いはともかく、存在を否定することはできなくなってしまうのだろうか。

2009年11月18日水曜日

執筆活動報告

音楽現代12月号に「リゲティ/《アヴァンチュール》〜20世紀の音楽が理論的だという偏見から解放してくれた記念碑的作品」を書きました。

なお、内容はリゲティの考察文ではありません。「私の愛聴する20世紀の名曲たち (交響曲を除く) 」という特集の中で、私が10曲を選んで書いたものです。タイトルは、編集の方が原稿を拝見され、その内容のハイライトとして考えられたということでしょう。

このほか、オーケストラ・アンサンブル金沢の第266回定期公演 (2009年9月6日、石川県立音楽堂コンサート・ホール)、267回定期公演 (9月18日) の演奏評も書いております。

よろしくお願いいたします。

2009年11月2日月曜日

初めての大阪

学会の方の記述がいい加減になってますが、ここはさっき書いたため。やっぱり、帰ってすぐに書かないと忘れちゃいますね。いちいち書類出して書くのも面倒だし (^^;; まあ個人的な日記ということで、ご容赦いただくことにして…。

10月24・25日 (土・日) と、大阪大学で開催された、日本音楽学会全国大会に出席。土曜は朝に始まるため、前泊。大阪入りは23日、金曜日の午後ということになった。

昼過ぎの富山発のサンダーバードに乗車。とりあえず宿泊先の東急インに入り、電話で連絡と取って、マイミク j さんと会うことに。jさんはまだ大阪に越されてから日が経ってない上、こちらも大阪は初めてということで、なかなかお目にかかるまでも一波乱。こういう時に携帯電話がなかったら、今回お会いするチャンスもなかったかもしれないと思うと、つくづく文明の利器はありがたい。

初めは梅田駅周辺で夕食を、ということも考えたけれど、お互い要領を得ないところがあり、私の希望から、なんばのタワーレコードに案内いただくことになった。サントラ・セクションで、最近ユニバーサルから出たフランス映画サントラのカタログをいただき、そのままクラシックのセクションへ。正直、渋谷・新宿のタワーに比べると若干寂しい感じだったけど、ホグウッドの《メサイア》を買って来た。いま読んでるアメリカの教科書にサッチモの《Heebie Jeebies》とホグウッド盤の《Rejoice Greatly》を聴いて、スキャットとダ・カーポ・アリアの装飾とを比較する、なんてことが書いてあったからだ。

タワーを出てから、難波の地下街を歩きながら、食べる所を探す。結局、私が最初に「ここ、いいかも」と、テキトーに言ったベトナム料理店に入ってもらうことに。2,000円のコースメニューをいただく。生春巻きからフォー (だったかな?) まで、一通り食べられて、なかなか良かった。その間に、音楽の話題が全開となり、j さんのご専門である映画音楽 (E. Bernstein, Broughton, Goldsmith, Menken etc.)からアメリカ音楽 (Grofe, etc.) 、音楽評論家のUセンセ、片山杜秀さん、はたまたジャズまでと多岐にわたり (John F. Szwed, "Jazz 101" という概説本を紹介いただきました!)、楽しい一時を過ごしました。

さすがに現地で長く研究をされてきた j さんらしく、現場や生の資料に触れられている分野に関しては、おそらく日本でもトップクラスの話の中身だったでしょう。また、拙著をお買い上げいただいただけでなく、当方の署名までさせていただくことにもなり、冷や汗モノでございました。

学会発表は、とても意義深いものばかり。記憶に残ったのは、大正時代の通信教育による音楽講座について、オペラ・レコードとアメリカにおける西洋音楽受容、ポピュラー音楽をクラシック音楽の類似点ならびにポピュラー音楽の分析的研究の必要性の提起、音楽学と大学における音楽教育、世界の音楽学学位、米国の音楽分析の流れ etc. etc. 懇親会で毎回会話する人も少しずつ増えたし、何人か新しい人ともめぐり逢えました。刺激的な2日でございました。

それにしても芸大以外でも音楽学を学ぶ人が増えたんですねえ。こりゃあすごい。

阪大を後にして、梅田駅近くの地下道をうろうろして、イタ飯屋でパスタを食べた。あつあつでとても美味しいものだったけど、電車の時間との兼ね合いを考えてなかったため、いそいで食べた。シェフには申し訳ありませんでしたねえ。

2009年10月22日木曜日

執筆活動報告

レコード芸術』2009年11月号、「海外盤試聴記」において、以下を書きました。

「今月の話題盤:1960年代から70年代にかけて一世を風靡した現代音楽シリーズが復刻 アール・ブラウン/コンテンポラリー・サウンド・シリーズ-2」

Wergoがこういうのをやるとは思いませんでした。アメリカの大学にいた時は、図書館で、よく聴いていた名盤LPです。3枚まとめての復刻です。