2008年5月28日水曜日

最近の記録

2008年5月25日日曜日

中古で購入したナカミチZX-9で、ボストン時代にラジカセで録音したボストン・ポップスの音源を聴いてみる。え、かなり生々しいんだけど! びっくりしました。他のデッキで録音したものにしても、解像度が格段に良いですね。特に古楽系、合唱ものに強い威力を発揮します。


2008年5月26日月曜日

騎馬民族には3拍子の音楽があり、農耕民族には2拍子の音楽がある、などと小泉文夫は言っていたけれど、例えば典型的な馬のリズムを使ったギャロップという種類の音楽は3拍子ではない。パカラン、パカラン、パカラン、は2拍子だ。

日本のお坊さんが唱える「南無妙法蓮華経」は、明らかに3拍子ではないだろうか。「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀」なども3拍子になることがあるのでは?

3拍子の音楽は日本固有ではないのに《ふるさと》が日本の歌の代表に考えられているのも不思議な話だ。


2008年5月27日火曜日

今日は高岡に行ったので、この近辺に置いてないCDを2枚、図書館から借りてきた。『東京ビートニクス』 (ビクター音産) 収録作品には、ラテン・ブームからロックへのシフトが聴けるようだ。《バットマン》の訳詞には爆笑してしまったが (^^;;

今度の週末は、石川県立音楽堂で《あまんじゃくとうりこひめ》を聴くつもり。


2008年5月28日水曜日

聴いたもの

・Friedrich Kalkbrenner, Grande Sonate Brillante, Op. 177 in Ab Major. Adrian Ruiz, piano. Genesis GS 1016 (LP).

古典的なフレーズ感を崩さないようにし、しかしながら走句を挟みたがる欲求を抑えきれない、という涙ぐましいバランス感覚を感ずる。「無理してるなー」というか。

2008年5月23日金曜日

上京しました

上京したのは久しぶりかな。21日 (水) の昼に東京入りして、2人の編集者と面会&会食。実に有意義な時間でした。現在進行中のプロジェクト+次のプロジェクトについて話しました。世の中、意外なところから意外なところにつながっていくものだと改めて実感。新刊もいただき、うれしい限り。

夜の7時から初台のオペラシティでライヒの新作《ダニエル・ヴァリエーション》と《18人の音楽家のための音楽》。新作はなぜか《砂漠の音楽》を思い出させました。《18人》の方は名作ですし、その評価は今回の演奏でも確認できたのですが、ところどころ、フェイズ・シフティングしているところは、あれは楽譜通りなのか、あるいは単なるルーズさなのか、分からないもどかしさがありました。それでも空間をハーモニック・リズムや音色、音域のコントラストで微妙に支配したり、時々線的な動機がそこここに現れてメリハリがついていたり、最後まで飽きさせずに聴けるのは、やはりライヒが演奏者としての能力を持っていたからなのだろう、と感じさせるものであったと思います。正直スタンディング・オヴェイションがあそこまで派手に起こるのは、日本では初めての体験でしたけれど。

22 (木) は、神田神保町→お茶の水で本やCDを仕入れ、妹と渋谷のスタバで待ち合わせして、渋谷西武地下2階でランチ。ノルブネという韓国料理店にて、私はブルダックを食べました。確かに辛いんですが、とても心地いい感じです。その後、渋谷タワーで若干の買い物をして、東京駅へ。サンマルクカフェでチョコクロワッサンを食べながらだべり、夕食はねぎし八重洲店にて牛タンを食いました。久しぶりの牛タンはうまかった。

帰りの特急電車は黒部から魚津の間で踏切の故障があり、15分ほど遅れましたが、一応11時40分くらいには帰宅したと思います。疲れたー。

2008年5月20日火曜日

パッサカリアとシャコンヌ

かなり前のことだけど、「パッサカリアとシャコンヌはどう違うのか」という問いがmixiのマイミクさんの日記に出ていた。実は私も新潟大学でこの2つを楽式論の時に勉強して以来、もっていた疑問。当時はパッサカリアをバッハのオルガンのパッサカリア ハ短調 BWV. 582から、シャコンヌを無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番から学んでいて、当時の先生の説明ではパッサカリアは旋律重視、シャコンヌは和声重視の展開とされていたけれど、いろんな例を聴くと、そうでないのもあって、結局分からなくなる。音楽事典などには、それぞれの用語の由来は書いてあっても、音楽語法の明確な区別は書かれていない。

今日もたまたま八尾の図書館からバッハのオルガン名曲集を借りてきたんだけど、このCDのライナーノートだと、「二つの形式の間に、はっきりとした区別はなく」と書いてありますね。まあ解説として書くのであれば、こう書いておく方がはっきりしていいんだろうし、事実そうなんじゃないかと思うんだけど、どうだろう。

僕はマックス・レーガーのニ短調のパッサカリアも好きだなあ。Peter Hurfordの2つの盤 "Romantic Organ Music" "Romantic Organ Music Vol. 2" 、いまは組で出てるのね。むかしレギュラー盤で両方買いました。で、YouTubeでレーガーのを検索したら、面白い映像が上がってますねえ。

レーガー 序奏とパッサカリア ニ短調

2007年12月26日水曜日

英『グラモフォン』誌、付録CDを聴いてみる

ヒラリー・ハーンのインタビューを収めたCDがイギリスの音楽雑誌『グラモフォン』の付録になっていたので、ちょっと古い号のですが、聴いてみました。

"The 'Real' Great Composers--Paganini: Hilary Hahn and Rob Cowan in Conversation," Gramophone November 2006.

「楽譜に書かれていることと自分がこう弾きたいと感じたことが違った時、どうするか」という質問に、ヒラリー・ハーンは「確かに自分の弾きたいと感ずることはあるとは思うが、楽譜に書かれていることの可能性も残しておいた方がいい。練習室で最初に曲をさらった時には分からないことがあり、全体が見えてくると納得できることが楽譜に見つかる時もあるからだ。しかし最終的にそれでも自分が感じたことと違う場合は、自分の感情を自然に伝えることが大切なので、そちらを選ぶ」と答えた。この段階になると「一聴衆の立場として」作品を捉えられることになるのだと。

楽譜のエディションについては、「もともとパガニーニは、自分の商売上の秘訣ということもあって、楽譜に肝心なことを残さなかったという。あるいは楽譜がそれまで行なってきたことの集約である可能性もある。だから『原典版』などというのも、どこまでそうなのか分からないところがある」という趣旨のことを話していた。知的な話をする演奏家ですねえ。俄然興味が湧いてきましたよ。

2007年12月20日木曜日

聴取と「鑑賞」

音楽教育専門の某先生と電話で長話。むかし日本が音楽教育のやりかたをアメリカから入れた際、Listeningという領域は、最初そのまま「聴取」と訳されていたのだという。ところがどうもこの言葉のすわりが悪いということで、のちに「鑑賞」とされたのだそうだ。この時代がいつだったかきちんと聞いておけば良かったと後悔しているのだが、いずれにせよ、Listeningが「鑑賞」となったことが、今日学校の音楽教育における聴取教育に教養主義が持ち込まれる契機になったと、この先生は考えていた。

本来は、こういうListeningというのは、音楽を作り上げる音程や音色、形式や様式など、具体的な要素を耳で感じ取るためにあるのだと思う。つまり「名曲だから知っておく」というスタンスではなく、様々な音楽に触れる時に、どういったところを聴くのか、ということを知る活動だ。言葉を覚えてコミュニケーションするように、音楽の「言語」を学び、それをどう使うのか。その活動の一環として聴取活動があるべきだということなのだ。

ただ、こういった聴取活動が「鑑賞」の時間で行なわれるべきだという認識を持っている先生は、中等教育でも、高等教育機関でも、ほとんどいないのではないだろうか。

バーンスタインの「ヤング・ピープルズ・コンサート」、ウィントン・マルサリスの "Marsalis On Music"、ショルティの "Orchestra!" なんていうのは、いずれも教養主義的な「鑑賞」ではなく (もちろんそれが皆無だとは言わないが) 、音楽を構成する要素を耳と一緒に学習する過程が重要になっていると思う。

2007年12月19日水曜日

レコード芸術2008年1月号

 『レコード芸術』1月号、海外盤試聴記に3つのCDを取り上げました。

(1) ヒューバート・クライン・ヘッドリー:生誕100周年録音集 [カリフォルニア組曲、ピアノ協奏曲第1番《アルゼンチン・タンゴ》、同第2番、ラジオのための交響曲第1番] 

(2) アイヴズ:吹奏楽作品集 [《アメリカ》による変奏曲、序曲と行進曲《1776》、彼らはここに!、吹奏楽のための組曲《古き家族の日》、インターカレッジ行進曲、フーガハ調、行進曲《オメガ・ラムダ・カイ》、オールコット家の人々、他] 

(3) ジョン・ケージ:《ソング・ブック》~声のためのソロ58 (18の微分音ラーガ) 

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(1) (2) は、「交響/管弦/協奏」セクション、252ページです。 (3) は「オペラ/声楽曲」のセクション、265ページにあります。

2007年12月17日月曜日

音楽評「OEK第231回定期公演」を書きました。

 11月にピヒラーさんが振った演奏会のレビューを書きました。私がプレトークをさせていただいた回で、村治佳織さんがロドリーゴの《アランフェス協奏曲》をお弾きになった公演です。きょうの『北國新聞』に掲載されていると伺っております。どうぞよろしくお願いいたします。