2026年5月13日水曜日

Essay|アダムズとアイヴズ (2026-05-21 東京都交響楽団、第1044回定期演奏会Bシリーズ)

東京都交響楽団 第1044回定期演奏会Bシリーズ  [2026年5月21日(木) 19:00開演(18:00開場)サントリーホール] に合わせて、チャールズ・アイヴズとジョン・アダムズについてのエッセイを書きました。どうぞよろしくお願いいたします。

「Essay|アダムズとアイヴズ」→こちらからお読みになれます。

以下、公演の内容です。

出演:
指揮/ジョン・アダムズ
合唱/新国立劇場合唱団*

曲目:
ジョン・アダムズ:ナイーヴ・アンド・センティメンタル・ミュージック(1999) [日本初演]
アイヴズ:答えのない質問
ジョン・アダムズ:ハルモニウム(1980)*

2026年5月11日月曜日

米国内におけるロイ・ハリスの評価?

ロイ・ハリスという作曲家、私の黒歴史ともいえる東京学芸大学の修士論文のテーマでした。博士論文でもハリスは若干扱いましたが(ロサンゼルスで貴重な資料もいただいたり)、それ以来、あまりちゃんと文章を読んでいませんでした。去年あたりから、少しずついろんな論考を読んでいます。それで、なるほど生前あれほどマスコミで大きく取り扱われていたハリスですが、当初から彼の作曲技法については疑問の声が挙がっており、彼に多くの発言を与えたことが、かえって彼が世論を巧みに操作していたとみなされる状況になっているということのようです。ある専門家は、ハリスを非難する書き手には女性が多い(そのことについては「言いたくはないが」と言っていたように記憶しています)ということもあって、まだ知らない「闇」があるんだろうか? とも思ってしまうところです。

2026年5月10日日曜日

小林純一訳詞によるシューベルトの《魔王》

『日本の名歌 世界の名歌 シリーズ3:菩提樹』 原田茂生、芳野靖夫、鈴木寛一、田島好一、三上茂子、松本美和子、酒井美津子、大崎幸子、井崎洋子、高田作造、世良明芳 日本コロムビア GS-7127〜8 (2LPs)



日本語訳詞によるドイツとイタリアの歌曲を中心にまとめた2枚組LPレコードです。どうしてこれが欲しかったのかというと、小林純一の訳詞によるシューベルトの《魔王》が聴きたかったのです。「暗い森 走る馬」という出だし、私が中学校で聴いたのは、まさにこの訳詞のものでした。現在は「風の夜に馬を駆り」で始まる大木惇夫・伊藤武雄のものの方がポピュラーでしょうか。私も教材レコードは折りに触れていろいろ聴いていますが、圧倒的に大木・伊藤訳の録音が多い印象です。この訳でラジオ・ドラマ風に仕立てた音源というのもあって(確か日本コロムビア)、ちゃんとお父さん、子、魔王(エコーがかかっている)、ナレーション、効果音(馬が駆ける音、風の音など)も入ったもので、初めて聴いた時は爆笑してしまいましたが、何度も聴くとよくできているなあと思います。こういう教材レコードというのは、実は大人になって聴くと、レコード会社が、きちんとお金をかけて作っているんだなあと思います。むしろ大人になって聴いた方が勉強になるかもしれません。

訳詞についてですが、やはり一発で意味が分かるのは小林版で、大木・伊藤版は、おそらく格調が高い一方、分かりにくいというのも本音かな、とは思います。「綺麗なおべべがたんとある」「歌っておねんねもさしたげる」は、中学の頃は、正直、ちょっと恥ずかしかったです(この訳に愛着のある方、すいません!)。

さて私が中学生の時に聴いた小林版《魔王》の音源は、グラモフォン・エデュケーショナル・レーベルのセット物の1枚でした。おそらく『中学音楽』という教科書準拠かと思います。当時、音楽担当の舟竹先生からお借りしたのでした。先生からは《魔王》の他にもバッハ(なんとストコフスキーではなくてカイエ編曲版)(2026-05-23訂正:スコアで確認したらストコフスキー編曲でした)の小フーガト短調(三石精一指揮読売日本交響楽団)、そしてポピュラー編曲版の同曲(クラスに爆笑を巻き起こした演歌風アレンジ!)など、なかなか面白い音源がありました。このポピュラー版も、もう一度聴いてみたいなあ。「夜の酒場…」的なイントロ…。演奏者が分からないのが残念…。

上記写真のレコードに収録された《魔王》以外の外国曲の訳詞は文語調のものが圧倒的に多く、それはそういうものとして楽しく聴けています。また《楽に寄す》のようにオーケストラ伴奏の録音もあります。ピアノ伴奏による歌唱の録音は、ピアノ伴奏の音源についてはピアノが左寄り、歌い手はセンターよりやや右、という感じでしょうか。なお《魔王》の演奏は原田茂生(バリトン)、加納吾郎(ピアノ)です。

2026年5月5日火曜日

高橋アキ・プレイズ・フェルドマン@神奈川県立音楽堂 (感想メモ)

高橋アキ プレイズ フェルドマン
モートン・フェルドマン生誕100年を祝って
2026年5月2日、神奈川県立音楽堂 13:10開場、14:00開演
13:30 プレトーク 高橋アキ×柿沼敏江(音楽学)
 モートン・フェルドマン(1926-1987):
《ピアノ》
《トライアディック・メモリーズ》
《バニータ・マーカスのために》
《マリの宮殿》

とても有意義な4時間弱のコンサートでした。特に印象に残ったのは、《トライアディック・メモリーズ》(1981) です。最初に演奏された《ピアノ》(1977) よりも運動性があり、メリハリがあります。ピアニズムはもしかするとシューベルトに通じるところがあるのでしょうか。反復と楽想の切り替えの絶妙なバランス。丁寧で程よい加減。そして「最後はその音で終わってくれるといいんだが」という感じで終わってくれる、そんな完璧な作品と演奏でした。もちろん《ピアノ》の訥々とした流れにも魅了されてはおります。

正直なところ《バニータ・マーカスのために》(1955) に関していえば、僕と波長が合わないといいますか、きっと良い作品なのだと思いつつも、完全に没頭できないところがあります。狂気ともいえる反復(譜めくりの人も戸惑ってしまうような)が、逆に、おそらく凄みなどだろうけれど、もっと変化が早く訪れてくれることを期待しているのだろうと思ったりも。もちろん演奏に不満はないし、こういった作品がフェルドマン後期の醍醐味であると頭ではわかっていても、身体反応として受け付けないところがあったのも正直なところでした。ただそれも含めての貴重な体験だったことは間違いないです。しかし…例の弦楽四重奏曲第2番などは、修行のようなものに感じてしまうのでしょうか???

最後に演奏された1986年の《マリの宮殿》は、それに比較すると、自然にすっと入ってくる身近に感じられる作品。技巧的にも《バニータ・マーカス…》よりもやさしいということでですが、それでも大変なものだとは思います。

それにしてもフェルドマンと言うのは、先にも後にも彼に連なる存在がいない唯一の人であるということが改めて分かりました。高橋アキさんは、真剣にアンコールの作品を探していたそうだが見つからなかったとおっしゃってました。しかしほとんどの聴衆はこの4曲を聞いて十分に満足できたのではないでしょうか。歴史的コンサートになるという事前の触れ込みもありましたが、本当にその通りでした。同じ横浜市内でこういったコンサートが楽しめるのは、本当に嬉しいです。

会場には、現代音楽に強い親しみを持つ人が多かったのではないかと推測します。顔見知りの人も何人か見かけました。会場40分前くらいに音楽堂に到着しましたが、すでに列ができていました。

先に入った方は前の方から席を取られていたようでした。フェルドマン作品は弱音を多用するということで、一番前から座られていたのだとは思いますが、僕はもう少し後ろのほうに座りました。(確か10列目)。せっかく県立音楽堂なのですから、ホールの響きもともに味わいたいと思ったのでした。

終演18:00予定ということでしたが、10分ほど早く終わりました。




Pauline Oliveros Papers (ポーリン・オリヴェロス・アーカイヴ資料)

カリフォルニア大学サンディエゴ校にあるポーリン・オリヴェロス関係の資料、日本からアクセスして読めるものもありますね。

2026年5月4日月曜日

ヘレン・フォレスト+カーメン・ドラゴン楽団によるメドレー

archive.org をカーメン・ドラゴンで検索して出てきた音源ですが、ヘレン・フォレストの歌声がなかなか良いです。

HELEN FORREST WITH CARMEN DRAGON AND HIS ORCHESTRA (聴きやすい)

HELEN FORREST WITH CARMEN DRAGON AND HIS ORCHESTRA (雑音多し)
 

フォレストについては、以下に参考となる情報がありました。
→歌と歌手にまつわる話 (229) ヘレン・フォレスト voice of the big bands

2026年5月3日日曜日

ソニー・ヴァレンティン (テノール)によるトスティ、ベッリーニ、スウェーデン歌曲集

Tosti, Bellini & Romances from Sweden. Sonny Wallentin, tenor; Rolf Lindblom, piano. Proprius PROP 9937 (LPレコード).

おそらく声楽を専攻していた大学学部時代、上京した際に購入した1枚ではないかと思います。石丸電気本店3階で購入かなと。トスティの歌曲目当てに買ったんじゃないかと思います。トスティといえば、カレーラスのCDもリリースされて買ったのですが、オーケストラ伴奏だったというのが(なぜか)残念だと思ってしまったりもします。

スウェーデンのテノール、ソニー・ワレンティンは、北欧音楽院に在学中の1981年5月、ストックホルムの郊外のウルリクスダル宮殿劇場コンフィデンセンにて、ベッリーニの《夢遊病の女》のエルヴィーノ役として鮮烈なデビューをしたようです。ライナーノーツによると「歓喜に沸く観客の拍手は止むことを知らず、批評家たちも同様に…称賛する筆を止めなかった」を留めなかったとのこと。音楽院を出てからは1983年、ストックホルムのフォーク・オペラでヴェルディの《エルナーニ》が上演された際、ワレンティンは主演として歌いました。再びライナーノーツから引用すると、夕刊紙『エクスプレッセン』のカミラ・ルンドベリは「イェムトランド出身のこの遅咲きのテノール歌手は、今やスカンディナヴィア随一の『イタリア系』テノールとして本格的に頭角を現している。その声は美しく豊かで流麗、何の制約も感じさせない…」と評価したそうです。

ただ、ワレンティン氏はいわゆる「遅咲き」の人で、エルナーニを歌った時はすでに34歳。声楽の道に専念したのは1979年になってからで、スウェーデン国鉄の機関車整備技術者としての職を休職した時だったといいます。

その後、1984年、ストックホルム歌劇場に新監督ラース・アフ・マルンボルグが就任した際、彼はワレンティンの名を知り、即座に彼を団員に迎え入れます。そしてシーズンの幕開けに、ソニーはケルビーニの《メデア》でジャゾン役を演じました。

この録音は、《エルナーニ》でメジャー・デビューを果たした直後の録音ということになりそうです。