1999年5月10日月曜日

音楽の本まるかじり(9)

Hodson, Millicent. Nijinsky's Crime against Grace: Reconstruction Score of the Original Choreograph for La Sacre du Printemps. Stuyvesant, NY: Pendragon, 1996.

ストラヴィンスキーの<春の祭典>といえば、すでに20世紀音楽の傑作として、何度演奏されたか分からない。また音楽史の本を眺めれば、この作品がニジンスキーによって振付がなされたバレエのために書かれた音楽であることもわかる。しかし意外にも、実に1987年まで、そのオリジナルの振付は忘れられていた。

もちろんストラヴィンスキーの音楽は革命的であり、それが、今日まで<春の祭典>が知れわたっている理由でもあろう。しかし、このバレエの初演のセンセーションは、単に音楽的な斬新さに対する反発だけでなく、バレエそのものに対する一種の拒絶反応でもあった。ニジンスキーは1913年7月12日付の『ロンドン・デイリー・メール』誌に「私は優雅さを破壊した罪に問われている」と告白しているのである。

それでは、ニジンスキーはどのような「罪」を犯したのだろうか。自らもバレエの振付師である著者ホドソンは1913年に行われた<春の祭典>のリハーサルに使われた資料をもとにその振付を復元しようと試みた。1987年には、彼女の努力が実り、オリジナルの振付によるバレエ再演にまで繋がることになる。本書は、実際にバレエ再演のために作られた振付の絵コンテ集のようなものである。

振付の復元に使われた資料の一つは、公に出版されたストラヴィンスキーによる『<春の祭典>スケッチ集:1911年〜1913年』であり、その序文で、作曲者ストラヴィンスキーは1913年に作った4手のピアノ・スコアについて言及している。そのスコアには、ニジンスキーのために書き込まれた指示や但し書きがあり、本書の著者ホドソンは、それらの書き込みを参照したという。その他の参考資料にはMarie Rambertというバレリーナが使っていた楽譜がある。ランベールは初演当時ロシア・バレエ団に所属していたが、リハーサル時に受けた様々な指示や注意を忘れないようにと、自分のピアノ・スコアにメモをとっていたらしい(実はこのスコア、ストラヴィンスキーからコピーをとってもらったものだったらしい)。ランベールは、ニジンスキーの指示で覚えていることすべて書き込んだということだ。

より具体的な図像資料としては、初演の模様をキャンバスに描いたValentine Grossというフランスの画家によるパステル画やスケッチ、数少ない写真、ニジンスキーがおそらく見たとされる1910年代の絵画、さらにはバレエ初演の際に衣装を担当したNicholas Roerichの衣装デザインなども使われている。

26ページにわたり、作品の背景、復元に使用した資料、復元の方法論などについて説明がなされた後、200ページの本文は、スコアの断片(ストラヴィンスキーやランベールのピアノ・スコアへの書き込みはホドソンが英訳している)とホドソンによる絵コンテ集になっている。彼女自身の絵コンテに加え、入手出来る限りの図像資料も併置されており、オリジナルの文脈がうまく再現されているようだ。

バレエの振付に詳しくない筆者は、どうしても実際に復元されたニジンスキーの振付によるバレエ上演を見たくなってしまうが(アメリカの公共放送PBSで放送されたともきいている)、<春の祭典>に興味のある人が、この作品を違った角度から捉えようとする際には、本書は優れた参考資料になると思う。



Samson, Jim. The Music of Chopin. Oxford: Oxford University Press, 1985.

サムソンはイギリスのショパン学者。英語による著作・論文を数多く執筆し、この道の権威の一人とも言えるようだ。序文では大胆にも「これまでに英語によるショパンの本はたくさん書かれてきたが、音楽に関するものはほとんどなく、あったとしても、大まかで描写的・印象批評的なものしかない」と言う。著者の並々ならぬ意気込みと自信が感じられるところである。

217ページの本文で、わずか24ページが「伝記的素描」に割かれており、楽曲研究がそれに続く。しかし、そのコンパクトな伝記を読んでみると、サムソンがいかに多くの文献に当たっているかが、記述のあちこちから感じられる。ショパンの生涯における数々の出来事から、彼の音楽を理解するにはどういうことを知るべきなのか、それをストレートにかつ無駄なく呈示しているからだ。内容的には、作曲家の生涯を単に年代順に追うのではなく、彼が音楽活動を行った文脈や、社会的背景にも焦点が置かれている。大きな事件や些細な出来事が詳細に並べられている伝記は他にもたくさんあるだろうから、それをもっと大きな文脈のなかで鳥瞰するにはこの記述は非常に簡便である。

楽曲研究の部分は、ショパン個人の作品だけでなく、幅広く同時代に目を向け、ジャンル史などにも気を配っている。例えば「ショパンの鮮やかなピアニズムは、オペラにみられる音楽様式やヴィイオリンのヴィルトーゾに学んだところが大きいが、最も直接的な影響は、規模を拡大しつつあったピアノ製作に由来しており、19世紀前半に台頭してきた豊裕な中産階級市場におけるピアノ市場拡大を考えるすべきである」という考察がある。その他には、「ピアノのヴィルトーゾの一部である即興は、長い歴史を持っているが、19世紀における即興の開花というものは、すべての芸術分野において直感性が重んじられた時代の潮流とよく馴染んだのであった」という分析もある。

より具体的な議論には譜例を多用し、同時代の作品との比較がなされるが、さらに章を進めていくと、サムソンの議論はより専門的になり、ショパン作品におけるフレーズの作り方や調性構造がシェンカー理論を使って述べられていく。シェンカーのグラフィックな階層的分析法に慣れない読者はとまどうかもしれないが、本文を丁寧に読み込むことにより、著者の論点は理解できるだろう。

全体的には情報量が多く、ショパンの音楽に興味を持つ人が、より大きな音楽史の流れに興味を持つことは間違いないだろう。また最近の音楽学・音楽理論研究が、どこまでショパンの音楽に接近できるのかが分かるという点で、本書は学者・演奏家・愛好家を問わず、広く勧められるものである。

ただいくらか不満はある。まず後半で行われた詳細な楽曲分析と、それ以前の議論との関連性が薄いということ。典型的な「生涯と作品」を扱った本に見られるように、伝記的記述と作品論がきっちり分かれているものならば、両者の関連性が薄くても読者が頭を切り替えて読んでくれるだろうし、もしかしたら読み手自らが関連性を見い出そうとするかもしれない。しかし本書の前半を読む限りでは、歴史と分析研究がうまく統合されているので、議論の流れが後半で途切れるように感じられてしまい、それが少々気になってしまうのである。

また、音楽についての幅広い知識と優れた洞察力のある著者だが、「エピローグ」の記述では、最終的にショパンが歴史的にどのような貢献をしたのか、あるいは、19世紀音楽史やヨーロッパの歴史の物語の中にショパンはどのように位置付けられるのか、といった問題が避けられてしまっていて、単純にこれまで述べた事実をまとめて確認するにとどまっており、その点が残念である。また、アイディアをまとめようとする過程で、つい筆者の多彩な知識を改めて書き広めてしまったように感じられるところも、今後の課題であろう。


Knighton, Tess and David Fallows, eds. Companion to Medieval & Renaissance Music. Berkeley: University of California Press, 1992.

これは中世・ルネサンスの音楽史の本ではなく、著名な音楽学者や演奏家によるエッセイや小論文を集めたものである。インフォーマルなアプローチを試みたと編者は述べているが、収録された50の文章は、深遠な問題を探究するというよりも、現在中世・ルネサンス音楽の研究現場・演奏現場で何が起っているのか、何が問題とされているのかを提起する形をとっている。ここでは、収録されているすべてのエッセイ・小論文を論ずることはできないが、そのうちの2つを実例として紹介するに止めたい。

クリストファー・ページは、ハイペリオン・レーベルから多くのCDを出している学者兼演奏家だが(彼のグループはゴシック・ヴォイシズという)、中世音楽におけるア・カペラ合唱使用の動向について、とても興味深いレポートを行っている。彼によると、中世音楽の声楽曲で楽器が使われてていたことは、実はルネサンス音楽の演奏法を適用していたに過ぎないという。実際に中世の写本や理論書を調べてみると、よほど壮大な礼拝でない限り、特に教会音楽において、ポリフォニーの曲の声部を楽器がサポートしていたという事実は全く見当たらないという。デヴィッド・マンロウは、中世・ルネサンス音楽を一大ポピュラージャンルにした貢献をしたが、彼がルネサンスやバロックの楽器をしばしば中世音楽のレパートリーに使ったことは、今日では疑問視されつつあるのだという。

また、音楽学者ケネス・クライトナーは、ルネサンス時代におけるピッチの問題を取り上げている。ルネサンス時代には地域によって様々なピッチが存在しており、木管楽器やコルネットのような楽器は、セットとして一つの楽器製作者によって作られることがほとんどだったそうだ。したがって、実際に当時の作品を演奏する時は、特定のピッチで作られた楽器を集めたアンサンブルでないと、まったく音楽にならなかったという。こういう状況は現代の感覚では考えにくいことである。

その他、このエッセイ・小論文集では、図像学研究の方法、ムジカ・フィクタ、テンポ、装飾法の諸問題など、多くの分野にわたる議論がなされている。巻末には、人名・用語集があるが、中世・ルネサンス音楽にしぼった用語定義は興味深いし、人名については、普通の音楽辞典には載っていない人物も載せられていて、資料的価値もある。

本書は一般音楽愛好家をターゲットにして書かれたものかもしれないが、専門家にとっても、中世・ルネサンス音楽の諸問題を考える出発点になるという点で、有益な情報の詰まった音楽論集であるといえる。それぞれのエッセイ・小論文のあとには、参考文献も掲げられており、読者はさらに本書から知識を深めることができるであろう。

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