最近見たもの・聴いたもの
音楽に関することを中心に、日々のできごと、思いついたことなどを、きままに書いていくブログです。別のブログやmixiに掲載していた記事を復活してここに掲載したものもあります。
2026年1月24日土曜日
CBSテレビ『The 60 Minutes』- ローリー・アンダーソン・インタビュー
2026年1月11日日曜日
ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン@ボストン・シンフォニー・ホール (1993) の思い出
富山の書庫にあった、ボストン時代のプログラムを取り出してみました。
ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは、ビクターのビデオ『世界民族音楽大系』で観て感動したんだと思います(学芸大の図書館にありました。でもOCORAのCDでも聴いたはず。NHK衛星放送でも彼のライブをやっていた記憶が…中村とうよう氏の司会の番組)。それで、生で聴けると分かってチケットを取りました。
演奏が始まる前にステージに登らないようにとアナウンスがあったり、警察官が(1人)舞台袖で待機していたりで、物々しい感じでした。実際聴衆の中に、ちょっとしたエクスタシーになって、舞台に上がる人が出てきたように記憶しております(2〜3人はいたような)。その度に警察官が対応していました。また、シンフォニー・ホールのバルコニー席が足踏みでズシズシ振動して「ホール、壊れないよね」と不安になるレベルでした。もちろん歌ってる内容は分からないのですが、こちらもノリノリで楽しみました。隣にいた女性から「歌詞が分かるの?」と聴かれましたが、「分かりません。ですが、感じるものがありました」と答えました。それに対する反応はなく、不審に思われたのか何なのか分からずじまいです(汗)。しかし、普段のクラシックのコンサートとは全く違う雰囲気で、面白かったです。
チケットの価格は$35, $27, $22でした。ケチケチせずに$35のを買えば良かったかなあ。
改めてプログラムを覗いてみたら、カッワーリの解説、ヌスラットのインタビュー、歌詞の英訳など、資料的価値はありそう(とてもコンサートの最中にプログラムの英訳を追う雰囲気ではありませんでしたが…)。全米カナダツアーの一環だったようですね。
その後、タラハシーでヌスラットをフィーチャーしたラジオ番組があって、ちょうどWorld Music Culturesという授業でカッワーリを題材にレポートを書いていた手前、再放送をお願いしたことがありました。どこかに録音が残っているはずです。
2026年1月10日土曜日
グローフェ:《グランド・キャニオン組曲》(コステラネッツ)
モノラル録音ということもあってか、CDとしては発売されていないアンドレ・コステラネッツ楽団の《グランドキャニオン組曲》の録音です。なぜか《ミシシッピー組曲》はバーンスタインの《グランドキャニオン…》とカップリングされてリリースされていたことはあります。
コステラネッツの演奏にはグローフェのオリジナルのオーケストレーションを尊重している箇所があります。例えば<山道を行く>の約2分40秒位のあたり、通常版ではホルンで演奏されるメインテーマが、ここではオリジナルの通りのミュートのトランペットで演奏されています。
効果音やジョニー・キャッシュのナレーション入の録音もありました。archive.orgには一応録音がアップロードされています。LPをそのままアップロードしたもので、音が濁っている箇所があるのが残念。針の掃除、したのでしょうか? あるいはレコードの溝自体が傷んでいるのかな?
2025年12月18日木曜日
久しぶりに古い記事を読んでみた
西村 朗「現代作曲家が書いたクラシック音楽論 滅びゆくものは美しく 第11回 現代音楽 Q&A」『音楽現代』 17 (11) (199)、1987年11号、pp. 100-103。
大学学部時代に出会った『音楽現代』の面白い記事。なぜかずっとコピーを持っていました。改めて読んでみて、なかなか痛快です。内容は架空の Q&A (おそらく一人対話)ということで、質問者は現代音楽について「音はキタナイ」し、「演奏者も聴衆も、出版社もレコード会社も、ぜんぜん面白がってないよ」「音楽の未来なんてなくったっていいね。マーラーでクラシックはおしまい。せいぜいショスタコーヴィチまでだね。あとはいらないよ」とまで主張します。それに回答者が必死に現代の作曲家や作品について擁護を試みるといった感じでしょうか。
ただそれは12音〜セリエルの擁護というわけではなく、スティーヴ・ライヒから始まり、近藤譲、佐藤聡明、吉松隆、藤枝守などが入るということで、セリエル後の潮流の紹介という感じになっています。その全体的な流れは4つの枠組みで説明されています。すなわち①新しい表現主義、②「音楽を原点から見直し、その構造性やシステムを新たに考えて、 自立した構造性のうちに、これまでにない音楽美を作り出そうとする」一派、③環境音楽、④「音の流れが人間の根源的な精神力や深層の心理、(中略) 魂の奥深いところを啓発するような音響、ないしは音楽作品の生成」を目指す派です。②④は具体的な作曲者が出てくるので、それで「あ〜」そういうこと…になるのかな???
詳しくはぜひ雑誌のバックナンバーに触れてください。図書館にないかな〜。
2025年12月13日土曜日
東京交響楽団第737回 定期演奏会 (サントリーホール) (感想メモ)
指揮:ロス・ジェイミー・コリンズ
ヴァイオリン:大谷康子
≪大谷康子 デビュー50周年記念≫
マルサリス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
コープランド:交響曲 第3番
今日はコープランド3番の楽曲解説を書いた東京交響楽団の定期に行ってまいりました。残念ながら会場に遅れて到着したため、マルサリス作品はモニター越しに聴きました。生で聴けなくて残念。スーザフォンが入っているのを見るとどうしてもポール・ホワイトマン楽団を思い出してしまうのですが、おそらく曲はもっとシリアス寄りなのかな。周りの聴衆の反応は「マルサリスがこんな曲を、天才だね」から、「ちょっと音楽がしっとりとしすぎではないか」まで様々。手拍子・足踏み、スタンディング・プレイまであったっぽい。
2025年12月10日水曜日
龍角散presents ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演 (2025/11/20 みなとみらいホール) (感想メモ)
ヤナーチェク:ラシュスコ舞曲
バルトーク:《中国の不思議な役人》組曲
ストラヴィンスキー:バレエ音楽《ペトルーシュカ》(1947年改訂版)
とあるご縁で、ベルリン・フィルの公演に接する機会を得たので、聴きにいってきました。私の他にもフェリスの教職員や学生の姿も見えました。サントリー・ホールはロマン派・プロだったようですが、個人的には、この20世紀プロの方に魅力を感じた次第です。
ヤナーチェクは、軽妙な舞曲はより軽妙に、という感覚でしょうか。オルガンが入りますが、重厚な路線ではなく、楽しみを付加する方向性。組曲路線で、ややつかみどころに困るところで、この曲は予習しておけばよかったです。演奏会用舞曲で実用的な作品ではないというところもあり、柔軟なテンポの変化を随所に交えつつ、踊りの楽しみが終始溢れていました。
バルトークはこれまた解像度の高い演奏でした。随所に現われる独奏フレーズは、各自妙技を生かしつつ、彼らのオーケストラの中での役割・文脈も明確でした。意外にも、というと変かもしれませんが、「引き算」なアンサンブルではなかったでしょうか。精緻であるからこそ、効率よく鳴り響く感覚といいますか。それでも混沌とした終曲には興奮させられました。
《ペトルーシュカ》は、冒頭の、音符通りのズレの感覚からとても効率よくとてもきれいでした。ミスがなかったとはいえませんが、各奏者の安定した技術はさすがにベルリン・フィルといったところでしょうか。この曲はロシア・オケでないといけない演目ではむしろなく、細やかなアンサンブルと全体による動きとが素早く移り変わる作品なので、このオーケストラの特色が生きてくるのでしょう。エコノミカルなスコアリングなので振り付けがないと分かりにくいというところもあるかもしれないのですが、やはりファンタジーが楽しいモダンな組曲であるということを充分堪能できたように思いました。
演奏会後、指揮者ペトレンコに対する長いカーテンコールが続き、すでに普段着に着替えてしまった彼が最終的に登場し、ホールに残っていた聴衆たちを喜ばせていました。
2025年12月9日火曜日
ホヴァネス:交響曲第29番 (バリトン・ホルンと管弦楽のための) 作品289 (1976) (チャールズ・スミス、スクロヴァチェフスキ指揮ミネソタ管)
アメリカの作曲家アラン・ホヴァネス(1911-2000)は極めて多作で、500曲以上の作品を残した。番号付きの交響曲は67曲に及び、そのうち30曲以上が商業録音されている。第29番交響曲は吹奏楽版の第2版が録音されている。その録音ではバリトンホルンではなくトロンボーンが使用されている(いずれも差し支えない)。ここに初演となる第1版(フルオーケストラ編成)の世界初公開録音を紹介する。1976年9月、ヘンリー・チャールズ・スミス(バリトンホルン)とスタニスワフ・スクロヴァチェフスキ指揮ミネソタ管弦楽団による演奏である。
個人的には、このYouTubeコメントに言及されている「第2版」はトロンボーンよりもユーフォニアムで録音しても良かったのでは、と思ったのですが、音色の違いからの選択だったのでしょうか? フレージングはやっぱり滑らかな方がホヴァネスらしいような気もします。
いずれにせよ、珍しい独奏楽器の入った交響曲だとは思います。